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2023/02/27

他力本願ビジネスアイディア 2選

ChatGPT 以降、対話型 AI の注目度が一気に上がった感じがする。
今までは何か調べ物をするには先ず Google 先生に訊く感じだったのが、最近は一旦対話型 AI サービスで訊いて、不足があれば Google 先生に訊く、みたいなことがそこそこある。
目的の知識を得るのに、Web ページを検索するという手間を一つ省くような感じ。
でもなんか、コレが私の生活として、或は社会の文化として根付くにはもうワンステップ足りないような気もする。

ほんで。話変わるけど。
検索 - 対話型 AI で言うと、対話型 AI 的な感じで Amazon の商品検索ができたらいいのに。
Amazon の商品検索って、従来の検索エンジンとしては結構優秀な気はするんだけど、その検索エンジンを以てしても、その商品についての「Amazon 検索エンジン的に検索可能な」情報を知らないと Amazon が扱う大量の商品群の中で自分の要求に最も適合する商品を探すのって非常に難しいんよね。
探すの時間掛かるし。
商品情報について予めそれなりに知っている必要があるし。
多数の「コレジャナイ」の中から一つを自分で探し出して選択しなければならないし。つうかスパムみたいな商品も山程ヒットするし。
或は Amazon に自分の要求を満たすものが売ってない場合、それが無いことを知るのにも手間と時間が掛かる。
Amazon で商品探すのって、20年前は新しかったんだけど、今となっては結構ストレスフルなんよね。

つうことで、Amazon の商品探すの、AI とかでなんとかならんもんかね。
誰かいい感じのモノを作ってくれんかなあ・・・。

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以前、コロナに罹って、土日挟んで治りかけたぐらいのタイミングで病院に行った。
主に、「治療を開始したと認む」と印刷された A4 コピー用紙一枚 3,000 円でお馴染みの診断書がどうしても必要だったので。
受付を済ませて20分ぐらい屋外で待機、5分ぐらい問診を受けて、金払うまで1時間以上屋外で待機。
その日は私のフルマックスの装備をしても凍える程度には寒かったので、完全に悪化する。
そして今だに咳の後遺症に悩まされる。
この世の全てが無駄。

誰か一寸はマシな医療事務システムでも作ってくれへんかな・・・。マジで。

2021/12/02

アクセルにクリック案

私は自動車に乗らないので知らないのだけれども。
アクセルとブレーキの踏み間違えってあるやん?
あれってアクセルとブレーキが同じ身体的動作によって操作するということに起因する訳ですやん?
私も私のスーパーカブ(原チャ)で、渋滞とかでボケーッと運転してるとたまにクラッチ(左足で操作)とリアブレーキ(右足で操作)が、まあ踏み間違えることはないにしても、頭の中で一瞬ゴッチャになることがある。
スーパーカブの場合、ギアMAXで移動中に更にクラッチレバーを踏み込むと、踏み込んでるときだけニュートラルになるので、例えば渋滞の下り坂とかエンジン回さずに左足踏み込んでニュートラル、左足を放してエンブレ、更に制動が必要なら右足を踏み込んでブレーキ、とかで下って行ったりするんだけど、ボサッとしてるとこういうときたまに一瞬「あれ?右足やっけ?左足やっけ?」となることがある。
右足と左足で別れていてさえこんな感じなので、左足一本で操作するアクセルとブレーキなんか、認知能力も筋力も衰えていて更にそのことを明晰には自覚できないでお馴染みのそこら辺の一般的な老人が、間違えない筈が無い。
なので、せめてアクセルにオーディオで謂うデテントボリュームみたいなクリック感を付けるとか、アクセルめっちゃ重いとか、操作感に明白な違いを付けたら良いのに、とか勝手に思う。
或はブレーキペダルを無くして、アクセルペダルの途中までがブレーキで、ペダルを離した状態がMAXブレーキ、そこから踏み込んでいくとブレーキが弱まって、或一定以上踏み込むとアクセルになる、とか。
バイクみたいにアクセルは手でブレーキは足、同時操作はブレーキ優先、とか。
知らんけど。

まあこの程度のことは車業界の中の人間が既に思い付いているだろうし、そうなってないってことはこのアイディアに何か問題があるんだろうと思うけど。

実際には、免許更新時や車検時とかに筆記+技能試験を義務化するってのが本当はいいんじゃないかと思うけれど。
特に筆記試験は是非ともやるべき。
大阪で生活しているとマジでそう思う。
免許更新時の講習とかマジでカスみたいな内容だし。

大阪は「交通マナーが悪い」と言われることがあるけどそれは正確ではない。
「国が定めた交通にまつわる法が全く機能していない」がより正しい。
リバタリアンユートピアが実現された例。
それに加えて当然マナーもゴミ以下だけど、問題はそこじゃない。

2021/01/02

贖いの新年

世間が新年を祝ったり呪ったりしている間にも私は今更ながら赤く死せる贖いを行っている。
Red Dead Redemption 2。

対馬の亡霊ですらない。

折角 PS4 が有るのに、いっこも使ってなくてさ。
勿体無いので、去年だったか一昨年だったかに買ったものの少ししかやらなかった RDR2 を、ニューゲームで再び始めた。
RDR2 は何をやるにもめっちゃ時間掛かるので、時間がある人でないとできないゲームよね。
私は本当は時間なんて無い筈なんだけれども、すべきことを何一つしないので、結果的に時間がある人ってことになっている。

まあそんな感じで、あけましておめでとうございます。

2020/09/21

最近の物欲

今年は物欲を掻き立てられたり掻き立てられかけたりするものが多い。

Pixel 4a。
要らん癖にアンインストールできないようなアプリが入ってない生 Android で、安心感とスペックを考慮すると安い。
けど今使ってる安くて古いスマホも全然使えてるしさして不満も無いしなあ。
ゲームもしないしスマホで何か作業する訳でもないし文章も書かないし、スペックが悪くても特には問題も無い。
今有るスマホでは USB で鍵盤繋いで音出す用途にはレイテンシーが酷くて使い物にならないのだけれど、Pixel 4a だとそれが改善する(と思われる)ぐらいかなあ。
あと eSIM が使えるのも便利で良いんだけれども。
結局買わず。

PS5。
光学ドライブ無しの Digital Edition が安い。買える。
PS4 と後方互換アリ。
でもなあ。結局使わんような気がするんよなあ。
PS4 もさあ。
PSVR の為に先んじて PS4 本体を買ったんだけど、結局 PSVR も買わず、大してゲームもせず。
色々とゲームを買ってはみたんだけど、マトモにクリアしたのは Witcher 3 のみ。
やっぱ私はゲームは向いてないんかなあ・・・。
そういやファミコンの時分から友人と比較してもゲーム下手やったしなあ。
つうことで様子見。
第2世代が出たぐらいのタイミングで再考する感じで。

Oculus Quest 2。
解像度が上がってパワーアップしてるのに安い。
Oculus Link ケーブルで普通の VR ヘッドセットとしても使えそう。
でもさあ。
Oculus Go は持ってるんだけど、結局たまに Amazon Prime Video を観るのにつかうぐらいなんよね。而も VR 作品じゃない普通のヤツ。
やっぱ時代は VR・・・つっても言う程 VR 時代が来てる感じもせんしなあ。
結局ゲームやねんなぁ。
やっぱゲームをせんとイカンのかね・・・。
あと Facebook アカウント必須とか鬱陶しい。
Facebook なんか厭でやってないんよね。
先ずやらんといかん程友達もおらんねやし。
あ、まあじゃあ捨てアカウント作ったらいいんか。
つうことで様子見。
Twitter・・・。
Twitter もちゃんとやるべきなのか。
でも多分私は人の気分を高揚させないようなことしかつぶやかん気がする。
「さっき唐突に、耳の奥にビッシリと亀虫の卵が産み付けられたような気分になった。卵が孵れば幼虫が信じ難い力強さで脳を穿孔して行く。食い破られた脳がグズグズに腐っていく。然し私はどちらかと言えば、脳の腐るよりも、その腐った汁が鼻から垂れるよりも、垂れた汁が服に付くことをこそ気にして居るナウ。」的な。

iPad。
ちょー古い iPad を持っててもう使ってはないんだけれど、そろそろ新しい iPad が欲しくなってきた。
主に Kindle 用にはなるとは思うけど。
鍵盤繋げて遊んだりしたい。
Apple Pencil も便利そう。
とか思ってたら新しい iPad が発表された。
新しい iPad はプロセッサが強力になった。
・・・ぐらいのもんで、コネクタも USB type C じゃなくて Lightning のままやし。
USB type C だったら買ってしまってたかも知れない。
Apple Pencil も第1世代にしか対応してないしなあ。
つうことで、次の iPad mini が USB type C になって、序でに安くなってることを祈ろう。
買わず。

まあそんな感じで。

2020/08/24

あんっなこっといいな、でっきたっらいいな:切削機とモニター編

こんなのあったらいいな的な物。

スキャナ付き切削機:

例えば板素材に直接ペンでフリーな曲線の図を描いて、そのまま図の部分(もしくは地の部分)を削ってくれる切削機があったらいいのに。
凸凹した素材でも削れるなら尚良し。
普通だったら紙に図を描いて、スキャナで PC に取り込んで、それを CAD で図面化して、CAM で色々設定して NC ファイル作って、切削機に読まして、切削機に素材の板を正しい位置と正しい方向に設置して、それで板を削る、とかですやん?
メンドいの。
板に図を描いて、適当に切削機に放り込んどいたら良い感じに削ってくれるようなヤツがいいの。
もしそれが可能なら、ギターの自作ピックガードとかで苦労しなくていいと思うの。

つうか普通の切削機でもいいので欲しい。チョイでかめのヤツ。

勝手にパーソナルなモニターシステム:

世間では 5G がどうたらとか言うてますやん?
5G のローカル利用が良い感じにできるようになったとして、それを利用して、小さいライブハウスとかでも簡単に安く導入できる、各々の演奏者が自分用に自分自身で操作できるモニターシステムとかできんじゃね?
  • 音声信号は一旦全て PA 卓(或は何らかのバッファ)に送られる。
  • PA 卓は全ての(もしくは必要に応じてグループ化された)トラックを電波に乗せる。
  • 各々の演者は自分のスマホで PA 卓から送信された全トラックを受信し、それをスマホ内のミキサーを演者自身が操作してミックスし、スマホに繋げた自分のイヤホンから各々モニタリングする。
  • 或は PA 卓から送信されたトラックデータを受信してミキシングしてイヤホンやスピーカーに出力する小さい機材が各々の演者毎に配置されており、そのミキシング操作は演者のスマホで行う。
的なヤツ。

2020/05/19

カサゴが美味かった話、2+2=5

先週、いつも魚買ってるトコに平日の昼間に行ったらエエ魚がめっちゃ安かった。
そこは私の生活圏内では一番クオリティが良くて一番安くて、いつもは仕事帰りに寄ってた。
コロナ禍の所為で市場で魚が余って安かったのか、或いは昼間は普段からこんな感じで私はいつもは余り物ばかり見ていたのか。
序でに家からビミョウな距離にある個人商店の魚屋に平日の昼間初めて行ったら、全体的に質が悪くて値段も高かった。
ここもいつもこうなのか、或いはコロナの所為で個人商店の購買力では良い魚が入り難いとかあるのか。

まあ結局なんも分からんという話。
或は4日寝かしたでかいカサゴが美味かったという話。

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検察庁法改正案について芸能人が反対を表明することに対して、色んな人が色々言っているらしい。
或はコロナ禍の不安真っ最中のときにアベノマスクに関して「こんなときに政権批判はやめましょう」とかいうことを言う芸能人が居るとも聞いた。

綜合すると、日本ってのは政治的には未だ肛門期ぐらいということなんだろうな、という感想を持ったという話。
仮令それが芸能人であろうが何であろうが、発言者は政治的に成人した人物とは認められておらず、またそれを聞く側の人間も同様に誰であれ政治的成人とは認められていない訳だ。

或はテレビが昔に比べておもろいことができんようになったと嘆くお笑い芸人が居るらしいけれど、テレビは自分の首を自分で締め続けてきただけの気がする、という話。

肛門期ってのは、肛門って私が言いたかっただけ。

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自由とは、2 足す 2 が 4 であると言う自由だ。

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私自身は司法権力が行政-立法権力や政党に対して忖度するような浸透圧をこれ以上新たに生むのはクソヤバいと思うし、検察庁法改正案には反対の立場なんで、同じ立場の芸能人に対して或程度は仲間意識を持ってしまっているのだけれど、その仲間意識を抜きにしても、芸能人が自分の政治的立場を明確にするということは(それがお粗末なものであれ)別に間違ったことではない思う。
「こんなときに政権批判はやめましょう」というのも、私には大分幼稚な被-パターナリズムに聞こえるけれども、内容はさておき、政治的か政治的でないかで言うとメチャクチャ政治的な発言ですやん?

言って行って欲しい。
お互いにちゃんと批判し合えるようになりたい。

原理的にノンポリな発言など存在しないにも拘らず、今までは只責任逃れと金勘定でノンポリを気取ってきただけですやん?
金勘定は大切ですけれども。それで自分の首を締めることにならないのであれば。
別に例えば特定の金持ってる政治権力が芸能人を利用して支持率パイでもガメるのを防ごうとしてのことじゃないやん?
すべての事柄を完全に理解していなと、とまでは言わないものの或程度の常識的な事柄を一通りは勉強してないと何か政治的な発言ができなのであれば、国会議事堂でも割と無音になっちゃうぜ?

勿論、総ゆる発言に、特に自分が正しいと思っている発言に慎重さが求められるのと同じレベルで慎重であるべきだけれども、何人たりとも、政治的なワードを含む発言が禁じられるもしくは特別に多大な努力が必要とされるべきではない。

もっと、ちゃんとした「議論」ができる下地が欲しいのだ。
もっと、風通しが良くなって欲しいのだ。

民主主義って、こういうことじゃなかったやん。

2020/04/27

暇なら楽器のお誘い

テレワークやら自宅待機やらで通勤の必要が無くなり、一日のうちで自分自身に使える時間が増えた人も多いと思う。
逆に子供のある家庭なんかでは減っているかも知れないけれども。

何ら具体性の無いぼやっとした話をすると、近年の日本の社会的風潮として、「経済学」や「合理主義」と名乗るお手軽拝金主義の隆盛があるかも知れない。
勿論それらは学術としての経済学でもなければ主義としての合理主義でもない。
振る舞いとしては寧ろ想像力の制限や権威主義に近い。
例えばナチスドイツ的「アーリア人」を彷彿とさせるような、外から見ればアホらしい自己同一性物語の強化なんかに利用されたりする訳だ。
これらに何か数式のようなものを使われていたとしても「=」記号の両辺の同一性は保証されない。
また総ゆる利用可能な経済指標の相互関係を無視して日経平均株価だけで社会や政治を語ったりする。
それが恰も正気で真っ当な言説であるかのように、誇らしげに語られている。
これはバブル崩壊後からずっと通奏低音のように、主語の無い共産主義への勝利宣言や社会進化論至上主義と手を取り合いつつ、手を変え品を変えずっと続いており、人々は聞き慣れ過ぎて、今や権威ある思想であるかのように振る舞っている。
そんな世の中じゃポイズン。

お手軽拝金主義社会においては芸術なんか無駄でしかない。
何故ならそれについて何かを語ることができるだけの語彙を放棄したからだ。
総ゆる芸術的価値が社会や歴史との繋がりを失って、只オークションの落札価格のみが語られる。
現代において「普通の人々」というものは、只、2つの並んだ数の大きい小さいを比べることぐらいしかできない存在のことを指す。
その縮尺や単位が違っていたとしてもそれに気付くことすらまず無い。

然し私は、そろそろ人々がこのお手軽拝金主義社会に飽きてきているんじゃないかと感じても居る。
これはテレビの権威が失墜途中にあり、またインターネットが成熟期を迎えつつあり、旧来の権威主義者達が今度はどの権威や物語と自分とを同化させるべきか、次の拡大解釈可能な権威の醸成に注視している、という時期であるということも無関係ではないように思える。
音楽がつまらないものになって久しいが、然しこの流れの中でこのコロナ禍が加わることで、何か色々うまいこと行って、後に社会が好転するキッカケぐらいにはなってくれないものだろうかと期待しないでもない。
因みにインターネットの黎明期にも同じように期待したが、今や大体裏目だったことが解った。

よく忘れられがちなのだが、日本人というものが芸術に理解があるなんて言えた時代など未だ嘗て一度も無かった。
糞みたいな権威主義が滅び去ることはないし、人々が他の人について積極的に想像力を働かせることはない。
芸術というものは、社会的に見れば、そういった病に対する特効薬とは言えないものの、栄養の点滴ぐらいには作用しないでもない。
ビタミンとか必須アミノ酸のような感じで色々な栄養剤のうちの一つという程度なので、優れた芸術家は権威主義に囚われないという訳でもないけれども。

一般的に言って、人間をひとまとめにして平均的に見たら大抵馬鹿に見えるものだ。

でも君はどうなんだね。
普通、な訳ないよな?
若し自分を全くのノーマルだと思っているのであれば、その認識は是非とも変えて頂きたい。
また周りの各個人が皆普通に違いないとか普通であるべきという考えも捨ててしまえ。
君は全知全能ではないし、無知無能でもない。
他の或誰かができることが君にできないこともあれば、或人ができないことが君にはできることもある。

まあ兎も角、芸術というものは特に近代以降、自分自身や自分の社会や人間というものを、色んな視座から、できるだけ外側からとかもっと深い内側から見てやろうという欲求を含んでいる。
この「視座を変えてみる」という慣行が、たまに人生に深みを与えたり当たり前だと思っていた常識や慣行のおかしなところに気が付いたりすることの役に立ったりするのだ。
概ね人が「常識」と呼んでいるものは、単にその人がたまたま知っていることであったり、その人が頻繁には破ってはいないルールのことだったりするのだ。
「視座を変えてみる」という観点から見るなら、優れた芸術家というものは視座を変えてみた成果としての気付きを芸術の語彙で再記述して他者に伝えることができる者のことを謂う。
或は皆がそれを狂っている思っていてもなかなか言い出せないときに、それをちゃんと再記述して自らの名の下に発表できる者のことを謂う。

この芸術の語彙というのがちょいと曲者で、芸術作品に関わりを持ったことの無い者にも理解できる部分もあれば、多少の知識や経験が必要な部分もある。
また総ゆる語彙間に翻訳の不確定性が存在するように、例えば芸術作品の解釈とかにも唯一つの正解といった言説は存在しないが、それは芸術に意味が無いということでは勿論なく、その語彙が有意味である限りにおいて解釈の妥当性の議論は可能である。

で、よ。
一寸暇になった人に向けて、楽器とかやってみいひん?というお誘い。
これが本題。
みんなでアウトサイダーたろうぜという企画の一環。
漫画を描くも良し、詩作するも良しだけれど、私は楽器ぐらいしかできないので、楽器ぐらいなら他人に勧めることができるという都合だ。
楽器をやっても給料は上がらないけれど、寧ろ多かれ少なかれ金掛かるけど、人生は多少豊かになるよ。
楽器をやると音楽の聴こえ方が変わるので、PC の中の古いライブラリの何割かが無駄になったりするけども、多分残りの何割かはより理解が進んで、音楽というものを自分の中に取り込むことができるようになるよ。
今は YouTube があるので、幾らでも学び放題だし。
YouTube すげーよな。

では、何を弾くべきか。

ドラム

兎に角安く始められる。
あと体を動かすので、運動の好きな人にも合う。
需要に対してドラム人口が少ないので、バンドをやると引っ張りだこになる。
詳しくは ドラム編

ベース

バンドの「影の実力者」になれる。
最低限の初期投資額は若干高くなりがち。
詳しくは ベース編

キーボード

キーボードさえ弾けてしまえば一人で大体なんでもできる。
潰しが利く。
初期投資もランニングコストも安くあげることができる。
学習コストは高め。
詳しくは キーボード編

ギター

弾き語りとかできるし、キーボード程ではないけど割と一人でなんとかなる。
バンドをやると余る。
多分学習コストが一番低い。
詳しくは ギター編

という感じか。
一人で始めるならキーボード、誰かと一緒にバンドとか始めるならドラムがお勧めかね。

2020/01/29

紅茶村探偵小説

元々紅茶村の出身だったがここ2-3年はコーヒー島へ移住していた。
然し最近、紅茶村へ戻ってきた。
ウム、紅茶のが美味ぇ。

で茶菓子よ。
夜、紅茶を淹れて Amazon Prime Video で BBC の推理ドラマとかを観ながら口にすべき菓子が無い。
アルフォートとかブランチュールとか、或は板チョコを割ったヤツとかならあるのだけれど、あったらあっただけ食べてしまうし腹の周りに付きそうで怖い。
ミックスナッツはなんか一寸違うな感じだし。
一寸味が重いのかね?
ミックスナッツはウィスキーならまだしも、紅茶という感じではない。

少しずつ、ずっと食べてられるヤツがいい。
カロリーオフのちっちゃいビスケットアソートとかがあればいいのだけれど。

結局茶菓子代わりに オートミール + オールブラン + グラノーラ に牛乳をかけずにそのままティースプーンでモソモソ食べたりしているのだけれど、そんなに美味くはないし言う程カロリーオフでもないし食べ易くもないし。

因みに最近は Death in Paradise をよく観ている。
昔ながらの探偵小説の構成になっているのが好い。
シンプルにあるべきものがあるべきところにあるだけという稀有なドラマ。
あとなんか名前が好い。この名前じゃなかったら観ようと思ってなかったと思う。

2020/01/02

新年早々首が痛い、遅延フィードバック型ニューラルネットワーク、Amazon Recipe

半年前ぐらいに購入して放ったらかしにしてた PS4 の Skyrim。
買ったものの、イマイチやる気にならなかったのだけれど、やったらやったで結構面白い。
ダラダラとやり続けていつの間にやら夜明け前。
首が痛い。

あと Red Dead Redemption 2 も買ってるんだよなあ。

という新年。
明けまして特におめでたくもない。

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なんとなしにマインドマップアプリみたいなのが欲しくなりまして。
どんなマインドマップがいいのか、自らの欲求を明確化すべく考えるともなく考えて。

各概念(トピック)を線で繋いで、その繋がりの強さが数値的に重み付けされるようにすれば、どの概念が重要なのかが浮き彫りになるんじゃないかと。
或ひとつの重み付けが変更されると、それに影響されて他の重み付けも変更されていく。
他の重み付けが変更されると元の重み付けにも影響が出る。
これらの変更とその反射は同時に起こると考えると厄介そう。
波が返ってくるように、順々に、所々遅延を挟みながら起こっていくようにした方がシックリ来そう。
あ、この考え方ってニューラルネットワークにも使えんじゃね?
これを「遅延フィードバック型ニューラルネットワーク」とでも名付けよう。
あれ?私天才なんじゃね?

とか思ってググってみたら、既にそういう話はあるのだ。

つうか多分どっかで読んで、一旦忘れて思い出したのを自分で思い付いたかのように勘違いしただけだ。

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Amazon で調味料とかを買ったりする。
例えばアンチョビでも買ったとしようか。
アンチョビにも色々あって、品物に拠って味やら使い道やらが違ったりする。
それは実際に買って使ってみるまで判らないってこともある。
然し私は、例えばこのアンチョビはこのオリーブオイルと合わせてこのパスタでこんな調理法で食うと最強、とか、そいういうことが知りたかったりする。
つうことで、Amazon の商品ページにレシピが載るようになったらいいのに。
新サービス、Amazon Recipe。
とか始まらんかな。

2019/08/08

中華鍋コーヒー、不幸の手紙、残るジン、朝風呂/夜風呂

中華鍋。
主に揚げ焼き用として。
安い北京鍋を買ってきた。
底が丸いのでより少ない油で良い感じに揚げ焼きにできるんちゃうかと。

慣らし序でにコーヒー豆を焙煎してみたんだけれど、中華鍋でやるもんではない、ということが解った。
先ず煽りで確っかり混ぜる為に、豆を普通の鉄のフライパンに比べて1.5-2.0倍ぐらい高く上げないと不可ない。
高く上げる分、力も要るし力んでミスって豆を溢し易い。
また高く上げる所為で豆が冷めてしまって、普通のフライパンに比べて火を強めないと不可ないし、時間も掛かる。
つうことで、めっちゃしんどかった。

一応、焙煎することはできたけれど、普通の鉄のフライパンで焙煎したものに比べてクオリティは少しだけ低くなった。
まあ慣れの問題かも知れんけど。

今のところ、焙煎は最初だけオーブンで仕上げはフライパン、或は最初から最後までフライパン、みたいな感じでやっている。

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「不幸の手紙」、若しくは「幸福の手紙」というものが、昔は数年おきに流行していたように思える。
或日誰かから手紙が来て、「この手紙と同じ内容の手紙を3日以内に10人に送らないと、あなたは不幸になる」とか、大体そんな内容のことが書かれている訳だ。
受け取った人の中でこれを真に受けたり面白がったりした奴がまたこれを回す訳ですな。
メールが出てきて「不幸のメール」とか「チェーンメール」とか呼ばれるようになったりした。
因みに「幸福のメール」ってのは聞いたことが無い。
現代だと「不幸のLine」とかになるのか?

そういやここ最近、こういう不幸の手紙的なヤツってあんまし聞かなくなった気がする。
私が知らんだけかも知れないけれど。
まあ、無くなって了っていい文化ですよね。

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最近ジンを呑むと次の日に残る。
結構少ない量で、次の日に残る。
全然酔った感じでもないのに、次の日なんかダルい。
比較対象として、ウィスキーなら3倍ぐらい呑んでも残らない感じ。
なので冷凍庫の中のボンベイサファイアが一向に減らない。

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ここ1年程朝風呂生活だったけれど、夜風呂生活の方がなんか心身に良さそうな気がする。
夜、風呂入った方が寝るときスッキリする気がするし、風呂上がって暫くは脳が回るし。
朝風呂入ってもあんまし脳は回らんし。朝起きて風呂入るの面倒臭いし。
但、時間の効率から言うと朝風呂生活の方が良い気がする。
朝風呂入らないと不可ないので、布団の中でウダウダしている時間が少なくなる。
時間効率を取るか心身を取るか。

2019/08/06

怪我、魚、治療

料理すると怪我するよね。
左指。

去年ぐらいだったか、玉ねぎを一寸不安定な状態で千切りにしていたとき、誤って左指第一関節部分の皮膚をゴッソリ削ってしまったことがある。
真皮の白い所まで割と確っかり落としてしまった。
包丁をギンギンに研いでたので、切った瞬間は切ったと判らず、一寸指に引っ掛かったぐらいの感覚だったが、皮膚の切り落としてしまったのがゴロンと転がったのを見てアレ?と思い、そういや包丁が指の中を通ったような気がすると思い、ボドボド流血しているのを見て確信した。
その間1000msぐらい。
慌てて止血しつつ皮膚を引っ付けて(ここまで2500msぐらい)手元にあったリケンラップ(一瞬サランラップと迷ったけどリケンラップの方が柔らかくて指にフィットしそうだったので)で巻いて動かさないようにして(ここまで20-30sぐらい)、1-2日ぐらいして血を拭いてキズパワーパッド的なヤツに切り替えたように記憶している。
慥か金曜日の晩とかで、病院に行くにも月曜まで待たないとという感じで、かといって救急という程でもなく、結局その後も病院には行かずじまい。
キズパワーパッド的なヤツは、剥がすときくっ付けた皮ごと剥がれそうだったので、一枚のキズパワーパッド的なヤツができるだけ長期間保つように、その上からラップ巻いたりしてた。
風呂入るときは防水シートで完全に保護したりして。
キズパワーパッド的なヤツを剥がすときは、アレ引っ張って伸ばすと粘着力を失うので、傷を押さえつける方向にゆっくりめっちゃ引っ張って剥がすとくっ付けた皮ごと剥がれてしまうことはなかった。
それから慥かひと月ぐらいでくっ付いて馴染んだと思うが、今でもその部分はペンだこみたいな見た目である。
意外と付くもんですな。

で、最近青ネギを大量に刻んでいるときにまた同じところを切った。
今回は皮を薄く削いだだけで出血も大したことなかったのでそのまま放っておいたけれど。
けどこういうことって今後も起こるっちゅうことですやん?
一応そこそこ気を付けて怪我せんようにやってるのにまた同じところやってしまっている訳ですし。

で。
最近魚をよく食す。
丸で買ってきて捌いて食う。
鱗剥いだり皮引いたりするのだけれど、この鱗とか皮とかって、なんかこういう怪我の治療とかに使えそう。
チヌとか鯛系のデカい鱗とか、鯵鯖とか青魚の薄皮とか、結構人間の肌に馴染む感じがする。
濡れた鱗がひっ付いて乾くと全然取れへんようになりますやん?
勿論明日からサバイバル環境で使えとかいう話じゃなくて(多分感染症リスクがエグいだろうし)、なんかこんな感じの素材が医療転用されたら面白いんちゃうか、と素人が思ったというだけの与太話。

2017/09/18

シンギュラリティ

未来について予想したり妄想したりすることなど。

シンギュラリティ。
2020-2025年ぐらいまでにAIに端を発するシンギュラリティが起こるという話。
この「シンギュラリティ」の規模や実際の内容は話者に依ってそれぞれではある。
AIにしても汎用AIだったり特化型AIだったり、小型だったり大型だったり個別のデバイスやロボットの中の話だったりインターネット全体を使った話だったりする。

ここでは取り敢えず汎用AIが誕生し、その汎用AIの発達に因って人間や世界の在り方がインターネットの登場に因る変化と同等以上に大きく変わる、ということにしてみよう。
これが一番人気のある説であるように思える。
汎用AIというのは、機能主義的に言うならば、ここでは要するに「人間の心」と我々が呼びたがるものと同様の働きをするものだとしよう。
人間と同じようなインプット機能、特に画像認識機能と自然言語認識機能を持っていて、人間と同じような仕方で考えて判断し、人間と同じような仕方で「創造」する訳だ。
そして更にその汎用AIが「賢く」なっていき、人間は様々な判断等をAIに委ねるようになり、ゆくゆくは国家的な政治判断や社会の在り方についての判断を任されるようになる、という話の道筋。

私としては、先ず、汎用AIがあと数年で出来上がるとは思えない。
現在流行しているAIというのは精々がところディープラーニング方式程度だが、これがそのまま発達して単位コストあたりの演算能力が上がって行ったとしても、それ即ち汎用AIとはならない。
問題は演算能力についての技術的発達スピードにあるのではなく、もう少し質的なものだ。
一つには、人の心の同等品としての「汎用AI」について真っ当なアイディアを持っているAI学者が未だ多くないように思える。
どれが真っ当なアイディアの方向性なのかについての合意も未だ得られていないばかりか、それについて具体的な議論ができる段階ですらない。
ニューラルネットワークやディープラーニングに詳しいということが、即ち人の心の複雑な仕組みや機能について議論に値する真っ当なアイディアを持っているということになる訳ではない。
「高機能で広範囲な性能を持つAI」と、ここで言う限定された意味での「汎用AI」とでは意味も規模もカテゴリーも実現の困難さに大きな隔たりがあるにも拘らず、ディープラーニングがすげー発達したら人の心と同じになって、更に発達して人の心を超える、的なバブリーな楽観主義には少々辟易しないでもない。

但し、特化型AIがその得意分野で人間の判断の有用性を超えていっている、その分野がより重要な分野に広がっていくことは間違いないだろうし、その結果幾つかの重要な分野で人間が少なくとも道具的には特化型AIに判断を委ねるようになるという意見には同意する。それがいつになるかはさておくとして。
そしてそうなれば、色々な特化型AIを束ねるアルゴリズムやAI、つまり「高機能で広範囲な性能を持つAI」は、2025年までに生活に馴染むようになるということは想像できる。
シンギュラリティが起こるとすれば、汎用AIではなくこちらの道筋になるだろう。が、それシンギュラリティと呼べる規模になるのは2025年よりもっと後のように思える。
それがシンギュラリティとなり得るには、技術的にというよりも現行の社会の仕組み、特に経済-商業の在り方がネックになってきそうである。

私の意見としては、AI利用は広がるけど人が騒いでいる程のことでもなく、まあ暫くはシンギュラリティとかいう程のことは起こらないんじゃね?という感じ。
多分、ヘタすると、普通の生活の体感レベルでは、高性能な画像解析と言語認識ができるようになってそのアプリケーションが増え、翻訳精度が多少上がり、ゲームがよりリアルになったりして、そして次のAI技術が出てくるまでその辺で一旦収束する感じじゃね?
自動運転車ですら、2025年の時点でやっと新車の全てに搭載されるとかぐらいじゃね?
無人トラックとか無人タクシーとかできるようになれば、交通網を利用した安価なアレコレができて面白そうなのだけれども、現在電車ですら殆どが有人であることを思い出すと、実現はいつになることやら。
つうかそれまで私生きてんのか?
ルフィは海賊王になってんのか?

最近流行りのAIには実はそんなにワクワクしていない。
基本の考え方自体は私の小さい時分から慣れ親しんだものだし。
それが研究レベルではなく市場レベルの話になってきたのだ。
AIがちゃんと金になるようになったのだ。
然し技術的にあともう何山か乗り越えれば面白くなりそうだ。
文字列入力だけでめっちゃ自然で表情豊かな、声優の仕事を奪うレベルの人声生成AIとか、プログラマの仕事を奪うレベルのプログラム生成AIとか、その辺の強力なのが安価に利用できるようになれば面白いのだけれども。
文字入力だけで声優の仕事を奪うレベルのAIとなると、言語の意味や状況等の「理解」が関わってくるので、ほぼ汎用AIと呼べるかも知れん。
プログラム生成AIは、普通に適当なコード吐かせてもいいけど、まあ基本的に自己再記述型AIみたいな方向へ発展するんやろうなあ。

FPGAがさあ。
これも昔からあるんだけれど、最近はよっぽど数作るのでなければASIC作るより安くなったりしますやん?
性能も良いし。
中身の開発もC++とか高級言語も使えて楽になってきてるし。
マイコンを丸ごと入れれたり。
周辺部を含めた開発コストがもう少し下がってくれば、IoTを牽引するぐらいの感じで流行りそうなんだけれど。

まあIoTも騒がれている程には浸透しないとは思うけれども・・・。
朝、スマホのアラームが鳴って起きるその10分前にコーヒーメーカーが起動して勝手にコーヒーができてる、程度のことすら未だ浸透してないですやん?
技術的には明日作れと言われて明後日の朝にはコーヒー飲めてても不思議ではないという程度のものであるにも拘らず。
まあセキュリティとかプロダクトデザインとかブランディングとか真面目に売ることを考えるともう一寸かかるけど。
Raspberry Piやその近縁種とか、安価で高機能なマイコンとか、既にモノはあるのに一向に生活に浸透してないですやん?
多分IoT用のもう少し踏み込んだ通信規格みたいなのができてこないと、生活に浸透するレベルで流行ってこないのかなあ、と思わないでもない。
或はなんか仕様の決まったプラットフォーム的なモノが要るのかなあ・・・。

人々が今やすげー高性能で高演算能力なスマホで何をしているか、一寸覗いてみるといい。

まあ取り敢えず、次に波が来る技術としては、FPGAなんとちゃうかなあと思う。
あともう少し、周辺的な部分で技術的な突破口が要りそうだけれど。

或はFPGAの内部がリアルタイムで有機的に書き換えられるようになれば、すごい低コストで新しい方式のAIとかできそう。実現するにしてもずっと先の話だと思うけど。
まあそこまで行かないにしても、FPGAとAIって相性が良さそう。
並列処理に強いという部分とかは既に使われているけれど、書き換えも可能ってのがミソになりそう。

ロボット技術。
私の希望としては、人造人間的な意味でのアンドロイドができればいいなあと。
一家に一台ぐらいの値段で。
AIだけでなく、素材や動力や機構やメンテナンス性等の物質的な問題が山積しているけれど。
AIは、ぶっちゃけ汎用AIじゃなくてもっと弱いIAか高級人工無能みたいなのでいいと思うのだけれど。
アンドロイドに求めるのは、見た目とか動きとか、どっちかというと物質的な部分じゃね?
汎用AIに身体を持たせてしまうと、なんか厄介。
道徳的に敬意を以て社会の一員として扱わなければならなくなったりして、ほんなら人間でよろしやん、という話になるし。
人間とかメンドいねん。それ故のアンドロイド。

序でに人間の形をしていないロボットが人間の面倒な仕事を全部やってくれればいいのだけれど。
そして人間が大してやりたくもない労働をしなくても遊んで暮らせるようになればいいのだけれど。
遊んで暮らせるならシンギュラリティでも何でもいいんだけれど、所謂シンギュラリティが私を失職させることはあっても遊んで暮らせるようにはしてくれないんだろうとは思う。
人間、馬鹿だから、仕事が無くなっても、恐らくは明日のオマンマの心配が無くなっても、多分働かされるんだぜ?馬鹿だから。

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台風で昨晩から23時前までずっと、丸一日以上嵐だったが今はパタリと止まっている。
未だ暴風域の中ぐらいの筈なのに。
丁度台風の中心を超えたぐらいから一気に止んだ。
もう一日ぐらい嵐が続くのを覚悟していたのだけれども。

2017/04/01

エイプリルフール

頭痛で目覚める。
この時期は毎年体調を崩している気がする。

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兎に角嘘を吐かなくてはならないという強迫観念。
悪い方に平坦で無感情なこの人生に在って、吐きたい嘘も特には無く、楽しい嘘も思い付かず。
私の灰色の脳細胞は只灰色なのだ。
只肚の中で食物をウンコへと錬成しているのだ。

面白きことも無き世は面白くなく。

然し吐かねばならぬ。
今日という日はそういう日なのだ。

「私は毎日健康で幸せに遣ってます」

2017/03/27

言語学的鼻毛論

鼻毛が痒い。

私がそう言ったとして、君は特に深く考えるでもなく私について何かを理解するであろう。

例えば、詳しく表現するなら「私は私の鼻毛が伸び過ぎて鼻腔に擦れて、それが痒いと感じている」というような状況に私が置かれていて、そして「鼻毛が痒い」と口に出したのだと、君は理解するとしよう。
或は今年の花粉は例年より少し多めらしいので、それでビオフェルミンと難消化性デキストリン&イヌリンとオリゴ糖に因って花粉症を或程度克服した私でも鼻腔が少し敏感になっているのでは、という推理も付け加わるかも知れない。
その理解はホントウに正しいかどうかは兎も角(私が単にトチ狂ったことを言っている可能性もあるので)、恐らくは正当で妥当なものだ。
然し「鼻毛が痒い」は「(私は私の)鼻毛が(伸び過ぎて鼻腔に擦れて、それが)痒い(と感じている)」を省略形にしたものでは恐らくないし、君は、或は少し考えた結果そう思い至るかも知れないが、特に意識的に考えることをするまではこれが何かの省略形だとは捉えなかったのではないだろうか。
私は「鼻毛が痒い」と言ったのだ。
そして君は特にその言語構造に思いを馳せるでもなく私について或一定の理解、或は無視でる程度とは言えない程度に有用な理解を成し遂げたのだ。
文を不寛容さを以て捉えるなら、鼻毛に主体性は無いだとか鼻毛に神経は通っていないだとか言って、拠って「現フランス国王は禿頭である」と同じように「鼻毛が痒い」という文がナンセンスであると主張することができるかも知れないが、それは普通の言語感覚からすれば受け入れ難い主張だろう。
但、文法的に整っていないという主張は一考に値するように思える。
若し「鼻毛が痒い」が文法的誤謬を含んでいたとして、然しそれは言語的誤謬だろうか。
そもそも、意味が通じている限りにおいて、或はそれが無視できない程度の有用な理解を齎す限りにおいて、文法的誤りは言語的誤りであろうか。
意味が通じている場合における文法的誤りとは如何なる誤りであろうか。
そして意味が通じている場合における言語的誤りとは、如何なる誤りであろうか。

つまり、こういうことだ。
鼻毛切らなくちゃ。

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文章に対する無駄な修飾で無意味に混乱を招く書き方をするのは私の悪癖であるが、意識的にやる場合は楽しんでやっているのだ。

2017/02/06

計画性の問題、幸せの魔法の粉、ジョンウェットン

久し振りにギターをちゃんと練習して、指が痛い。
色々しなければならないことは溜まっているのだけれど、ギターの練習をした。
色々と一日の使い方を計画してはいたのだけれど、ギターの練習をした。
ギターの練習をするという計画を立てたならば、私は恐らく掃除とかをしていたのだと思われる。
私は昔から計画性が無いと言われ続けてきた。
言いたいことは解らないでもないが、その批判は余り正鵠を射ているとは言い難い。
私は、計画はするのだ。
実行しないだけなのだ。

ビートルズの謂う所の「nowhere man」のようなものですな。

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体重が乱高下。
経口摂取するとハッピーになれる魔法の粉が通常の1.5倍塗布されていることでお馴染みのハッピーターン「濃いめ」とかのお菓子を只管食べるか、或は何も食べないか、という食生活。
つまり、マトモな食事をしばらくしていないことになる。

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ジョンウェットンが死んだ。
最近立て続けにクリムゾンの歴代ベーシストが。
グレッグレイクが余力を残して弾くタイプのベーシストだとしたらジョンウェットンはギリギリを攻めていくタイプのベーシストだったように思える。
音もゴリゴリだったし、前に出るタイプのロックなベーシストだった。
一般的なバンドのギタリストに近い発想でベースを弾いていたように見える。
歴代のクリムゾンのベーシストの中では、何でもできちゃうトニーレヴィンの次ぐらいに好きなベーシストであった。

2017/01/02

ファッ謹賀新年

昨年末から贅沢にラフロイグなんぞを使って漬け込んでた牛脛肉を丸一日煮込んで激ウマトロトロシチューを作って新年を祝うつもりが、仕上げの香り付けに少量のグレンリベットを加えるつもりで何をどう間違ったのかリカールを結構な量注いでしまい、アニス臭くて食えたもんじゃない。
そこからリカバリーしようと色んな物を加えてては煮込みを繰り返してみたもののうまくいかず、結局ソースは殆ど捨てて未だ溶け切ってなかった「まあ不味くはない」程度にリカバリーした肉片を少量掬い上げるに留まる。

幸先悪い。
慥か今朝見た夢もなんかヒリヒリする緊張感のあるヤツやったような気がするし。
めっちゃ疲れて元旦の朝を迎えた訳だ。
ほんでこの時期毎年だけど、咽もビミョウに痛いし舌が肥大している気がするし。

私はまあ、こんなんですよ。
もう初日にして解っちゃいましたけどね。
私なんか、2017年もまあこんなもんすよ。

紅茶とか淹れても、普段通りミルクティ用に濃い目に淹れてから牛乳を切らしていることを思い出したりするんですよ!
ほんで生姜と蜂蜜と数滴のグレンリベット加えて飲んでみたらこれが案外結構美味かったりするんすよ!

ええと、本日の教訓: グレンリベットは色んな物の香り付けに使えて便利。

新年明けましたけど大して御目出度くものうございます。

2016/06/06

食っちゃ寝

左腕使用禁止期間中につき、やることが無え。
バイオリンの弓でもブン回して右手小指を鍛えるぐらい。
でも一瞬で飽きるし。

まあ実際、右腕一本できることはあるとは思うんだけど。
LTspiceイジったり。
積んでる本読んだり。
何年も放置している、DIY防音室の設計とか。
左腕が使えたら他のことしてしまうだろうから、この辺のものを片付けに掛かりたいトコロ。

何年もマトモに脳味噌使わずに精々条件反射程度で生活しているので、最近の私の脳には藻とフジツボと臭くてブヨブヨした何かで詰まって了って、鈍重なことこの上無い。
マトモな本でも読んで少しは思考の血流を良くしたい。

音楽を聴くでもなく、運動するでもなく、家の中ではなんとなく唯食っちゃ寝している。
サプリメントはガバ咽みしてるけど。
音楽聴いた方がやる気出るし軽く運動した方が左腕使用禁止期間も短くなるだろうに。

2016/04/01

哲学的ゾンビの存在証明

よし、未だ4/1だな。

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哲学的ゾンビの存在が科学的に証明された。
結局のところ、デカルトが正しかったのだ。
心とは、我々の言語的乃至物理学-生理学的振る舞いについてのものではなく、「意識」というそれ自体独立した体系であったのだ。
「私」とは脳内の物理的なニューロン発火パターンによって接続された意識のことである。
例えば「見る」ということは、光が視細胞を刺激し、その興奮が神経を伝わって大脳の視覚野で画像処理された後、その処理された画像を意識が取得することに因る現象である。
意識は大脳というカルテジアン劇場の中に存在している小人である。
デカルトは後の哲学者から「ではその小人の意識はどうなっているのか」と批判されてきたが、結局のところ、小人それ自体が意識なのである。

これに因って、例えば直接的な知や所与に至る道筋が開けた。
つまりカント的色眼鏡の存在が明らかになり、それについて研究することができるようになった。
哲学の悲願であるところの、偏見を取り除くということへの道が開かれた。
我々は本当の意味での正しい知識を得ることができるのだ。
カント的色眼鏡の問題が解決すれば世界それ自体へのアクセスが可能となるので、例えば翻訳の不確定性は取り除かれるであろうし、また事実判断と価値判断とを正しく分けることができるようになり、それらの間の関係を解明したり科学から道徳を削ぎ落とすことが可能となる。

或は例えば人間と同じように振る舞うだけのアンドロイドは草薙素子的ゴーストを持つことはない、ということができ、従ってそのようなアンドロイドに対する人道的扱いについて考える必要が無くなった。

或は我々は中国語の部屋の住人である。
「理解しているかのような振る舞い」から「理解している振る舞い」を分けることができるということが証明された。
手を挙げるということから手が挙がることを正確に分けることが可能であるということが証明された。
我々は振る舞いではない。我々は世界ではない。我々は意識なのだ。

我々はカルテジアン劇場の前でコントローラーを握っている、「世界」というゲームのプレイヤーである。
普段、「プレイヤー」という概念はゲームの世界でのキャラクターを指すこともあればそのキャラクターを操作しているコントローラーを握っている人物のことを指すこともあり、それらを区別すことがない。
然し一寸目を向けるだけで、それらを区別することができる。
我々は、同様に、一寸目を向ければ、この世界の「プレイヤー」と意識の「プレイヤー」とを区別することができる。
つまり、この世はゲームなのだ。
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というような感じで、議論の飛躍や専門用語の無駄な羅列や「ポストモダン」調の話し方というような、人を騙すテクニックをできるだけ頭悪い感じで色々使ってみました。
書いてて頭が痛くなるぜ。

因みに風邪っぽくてマジでフィジカルに頭は痛い。

そういや私の頭髪が抜け落ちてトランプみたいな髪型になっているという酷い夢を見た。
なので今年のエイプリルフールネタはトランプ絡みでと思っていたのだけれど、余り良いのが思いつかなかった。
トランプが大統領に選出されることが統計学的に確定している、とか。一寸やめて欲しいけど。

2016/03/10

オマエオマエ詐欺

知らん電話番号から私個人の携帯に電話が掛かってきたとしますやん?
まあ電話は取りますわな。
で、知らん電話番号ですし迂闊に私から名乗ることはせず「もしもし」だの「はい」だのと言いますやん?
そうすると向こうは開口一番「〇〇さんでしょうか」とか吐かすやん?

了見の狭いことでお馴染みの私は、めっさイラっとくる。
訊く前に先ず名乗れやああああああァァァァ。

私の思う所の常識では、電話を掛けた方がまず身分を明らかにして、それから必要に応じて掛けた相手の確認をすべきで、自分の身分を明らかにする前に何かをする、例えば相手の確認から入るのは、礼を大いに失していると思うのだけれど。
特に企業から個人へ電話を掛ける時。

私の携帯に掛かってくるテレアポは大抵こうだ。
なんかそういう決まりでもあんのか?
間違い電話だった場合に自分の評判を落とすのが怖いのか?
なんか個人情報保護法の狂った解釈から捻り出された、自分が愚かであることを喧伝する為だけに存在する「こんぷらいあんす」みたいなのがあんのか?
或はどっかのマナー講師がまたテキトウなマナーをでっち上げているのか?

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しばらくWeb系からは遠ざかっていたのだけれど、最近またJavascriptだのPHPだのを触っている。
普段はずっとChromeを使っているのだけれど、PCでの動作確認ではIEやらFirefoxやらも使う。

Chromeのデベロッパーツールは使い易くて気に入っている。
コードを書いて、ページを開いて、キーボードのF12を押す訳ですな。

今日またコードを書いてページを開いてF12を押すと、なんかいつもと結構違った感じのデベロッパーツールが開かれた。
慣れてない所為か微妙に使い難い。
そういやここ数日でChromeのバージョンがまた上がるの上がらないのという話だった。
まあ使えんではないし、デベロッパーツールをこんなに変えてくるとはChromeも思い切ったことをするものだ・・・。

とか思いつつ、ふとページのレンダリングされているのを見ると、なんかFirefoxっぽいレンダリングのされ方。
よくよくウィンドウの全体を見てみると・・・Firefoxでした。
Firefoxのタブの形がChromeのとめっちゃ似てたので誤認してしまった。

思い込みって怖いですな。
というだけの話。

まあそんな感じで。

2016/02/23

筋肉痛、天然系サイダー、トニックウォーター

フットサって筋肉痛。
宛も平静であるかのように歩いている。
死にそうなくらいベロベロに酔ったときに努めて正しく歩くときのように、足の指一本から頭の角度や視線の送り方やら、体の隅々まで神経を使って、総ゆる可能な角度、総ゆる可能な規模レベルで自分をモニタリングしながら、宛も平静であるかのように歩いている。
ヨガの境地。

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天然水だとか天然炭酸水だとかのサイダーを何種類か買ってきて飲んでいる。
なんか結構高かったりする・・・けどあんま美味いものではない。
まあ不味という訳ではないけれど(不味いものも中にはあるけれど)、三ツ矢サイダーと比べてどうなんと言われると、それを明らかに超えてると言えるものは今まで味わったことがない。
結局サイダーって味付けの美味さですやん?
サイダーに使われてる水の美味さとかが判る程に私の舌は肥えてなかったようだ。
判ったところで結局味付けの美味さに支配されるとは思うけれど。
あと天然モノが常に美味い訳でもないしな。

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炭酸飲料関係で。
ジンジャエールはカナダドライのよりウィルキンソンのが好いけれど、トニックウォーターに関してはカナダドライが好い。
カナダドライのトニックウォーターは全体的に薄目の味で甘みや酸味は控え目だが、苦味が前に出ている。
普通に飲んでも良し、柑橘系のジュースを足すも良し、カクテルに使うも良し。
カクテルにして甘味が足りなければ後から足せるしな。
普通に飲むと苦いけどパンチが薄くてちょいボヤけた感じがして少々時と場合を選ぶ感じではある。
ハマればイカスんだけれど、万人向けではないとは思う。
まあカクテルの割り材とするのが一番良いんだろうな。
でも私は普通に飲むけどな!