2008/04/30

フラットワウンド弦

テレキャスのシンラインにダダリオのフラットワウンド弦を張ってみた。
多分ステンレス。

思ったよりサスティーンがあった。
もっと短くていいのに。

音抜けがすげー悪そうで私好みだ。
もう一寸ローが控え目だともっと使い易そうなのだが。

チョーキングし難い。

然しこれでテレキャスでもジャズが弾けるぜ。

2008/04/29

風邪

なんだか只管洟ばかり垂らして居るのは風邪か?
花粉はもう無いと思うけど・・・。
風邪か?
そして何故かじんま疹のようなものが。


肉を喰った。
ステーキ。
和牛。
うめー。
然しレアに焼いたら胃に来た。
老いた。

上達

それなりに真面目にヴァイオリンを弾くようになって結構経つと思うんだけど。
あんまり上手くなってないな。
そろそろJigの一つぐらい弾けるようになりたいのだが。
全然そんな感じじゃない。
あー。
スケール練習でもするか。

2008/04/28

法令化される差別主義

二日連続で人と呑んだ。
体調が万全ではなかったので、ビビって大分控え目にしたが。

言うまでもないが、我々は或属性を持った他者に対して何であれ或感情を抱く自由は認められているが、そのことは、他者に対して或感情を持つことが正当化されるということと区別されるべきだ。
このことを混同すると、想像力の貧困な人は自らの差別主義の甚だしい醜さに間違った正当化で目を塞いでしまっていることに一生気付かないかも知れない。
気付かないときは本当に気付かないのだ。
私も気を付けよう。
という感想を得た。

最近のネット規制法案や児童ポルノ法案のように、間違った根拠の恐怖心と露骨な差別意識がそのまま法令化される日本の現状の一コマ。
どうやら我々現代日本人はアウシュビッツから何も学んでなかったようだ。

公民権運動からまた始めなければならない日が来るのか。

2008/04/26

CCCD

久しぶりにCDを買ったぜ。
而もクラシックじゃない!
ファドの10枚入り廉価ボックスとキーラとバトルズとレディヘのボックスセット。
レディヘのボックスセットを買うのは一寸勿体無い気もしたが、微妙に値引きされてたし、「The bends」と「Pablo hony」は手許に無いし、他の持ってるものは「Hail to the thief」以外はCD-Rだったし、「Hail to the thief」も東芝EMIに騙されて買った音の悪いCCCDだったので、ここいらで一発ちゃんとしたのを買っておこうと。
CCCDは全て叩き割るべきだ。
ありゃ消費者と音楽家の内の誰も得をしないという詐欺だ。


UbuntuのWubiはなんだか夢が広がるなー。

2008/04/24

Vista

初めてVistaをまともに触った。
そういや初めてだ!

ウワサにタガわず。
こりゃ相当使い難いわい。

しばらくXPで行こう。
SP3もそろそろ出るそうだし。

Windows7を待つべ。

2008/04/23

410

Firewire410は、Macにつないでいるときには、今のところ問題無い。
あー。
なんかなー。


面白味に欠ける日々を送っております。
色々足りない。
全体的に根性が足りない。

弱体化

未だ少し花粉が。


最近はギターに0.11からの弦を使っている。
最近の肉体的な軟弱化傾向に歯止めをかける目的もあるのだが、実際には0.11を使おうが0.09だろうが0.10だろうが、必要な筋力はそれ程変わらない気もする。
チョーキングがしんどいぐらいか。
0.11からのはピッキングし易くて結構弾き易いのだけれど、音が余り好みじゃないんだよなあ。
音的にはやっぱ0.09が好きだー。

2008/04/21

カラオケ

茶器を頂く。
自分で買わないでよくなった。

代わりにZOOMの15年前の最高機種のマルチエフェクターをあげる。

序でにM-AUDIOのUSB接続のオーディオインターフェイスを買う。
Firewire410が死ぬ程ブルースクリーンを引き起こすようなので。
M-AUDIOのUSBのは、もうすぐ新しいのが出るけれど、まあ。
Firewire410は、取り敢えずMacにつないでみて、駄目ならまた何か考えよう。

カレー喰って、冥土と戦って、久々のカラオケにて衰えを感じたり伊藤真澄の物真似をしたりSystem of a downで咽を潰したりして帰る。
やっぱデス声は咽に悪そうだ。
ああ、クラムボンの物真似するの忘れてた。
カラオケにジェフバックリーは是非入れて欲しい!
親父の方でもいい!

まあそんな感じで。

2008/04/20

抹茶

我々は単に「ロック」や「クラシック」等々に携わっているだけではない。
「音楽」や「芸術」に携わっているのだ。

ということは拙い評論家の評論においてよく忘れられているように思える。
このことを忘れると、音楽はつまらなくなるし、音楽評論はもっとつまらなくなる。


古い抹茶を使い切ったので、新しいのを開ける。
私の点てる茶が不味かったのは、腕半分、茶の古いの半分だ。
新しいのを使えば一寸はマシになった。

2008/04/19

オーセンティックな自己

私個人にとっての正統な音楽とは、ツェッペリンやジェフバックリーみたいなロックミュージックだ。
クラシックでもないし、雅楽でも神楽囃子でもない。
クラシックなど、幼い頃から聴きはしているが、矢張り私にとって、「音楽」と言えば兎に角ロックが最初に来る。
私は現在では自分が多元的であると自負しているが、私にはまた根っこがあるのだ。

こいつは驚きだ。

といったことを、InterCommunication誌の知的な無駄話を読んで絶望的な気分になりながら実感する。

2008/04/18

抹茶

最近よく茶を点てる。
が、どうも美味くない。
舌が悪いのか。
茶が古いのか。
或は単に腕が無いのか。
まあ腕が無いのは知っているが、腕前の問題なのか。
まあ少なくとも腕前に問題はあるな。
じゃあそういうことなんだろう。

新しい茶を既に買ってあるので、さっさと今あるものを使い切りたい。

そういや茶杓が無いので、どっかで手に入れなくっ茶。

2008/04/17

続・ライセンスの理想

書いてる途中に自分の主張を忘れるということは、私にはよくあることでして。
いやー、自分でもなんか話がおかしいなと思ってたんだ。

昨日の補足。
ソフトウェアパッケージを、ハードウェアを扱うように扱いたいなあという話。
例えば私は私の友人に私のハードウェアサンプラーを貸すことは別に問題無い訳だ。
或は貸しスタジオに置いてあるスタジオ所有のトライトンを私が使っても何も問題無い訳だ。
これと同じような感覚でソフトウェアを使いたいのだけれど、如何せん、ソフトウェアはコピーが簡単なので、ソフトウェア販売会社にとって大きな打撃となり得るような種類のコピーを防ぎたいということと、自分で金を出して買った「自分が所有する」ソフトウェアを自分が所有するハードウェアと同じように自由に使いたいということとの間に軋轢が生じる訳だ。
そこで昨日は「一人につき1ライセンス」という(実現の難しそうな)理想を言ってみたのだけれど、それだとよく考えると上のサンプラーやトライトンの例のようにはできないので、「自分の」ソフトウェアを自分のハードウェアのように使いたいという最初の要求に反することになる・・・。

で、何か素敵な解決法は無いかなあ、と。
エンタープライズ向けLinuxディストリビューションがやってるような商売程革命的なことはしないで、既存の慣れ親しんだ、「金を払って自分の使う商品を買う」というような物品の売買の仕方の範疇でできるた方が良いと思う。

やっぱコピーライトやコピーレフト以外の何かが必要なのか?
若しそうだとしても、できればコピーライトの一部を修正する、というような方向の方が良いと思う。

例えば、そのソフトウェアの、どうしても外せないコアとなる機能の一部をハードウェア化して、それ一台に対して1ライセンス、というふうにしたり。
で、その一台が壊れても、この全体を買い直す必要は無いようにする。
勿論ソフトウェアを他のパソコンにインストールしてもこのハードウェアをつなげればソフトウェアは普通に使用できるようにする。
そのハードウェア一台で、その大本のソフトウェアに関連する複数のソフトウェアのライセンスを管理できるようにする。
而もそのハードウェア自体は小型で安くないと不可ないし、例えばUSBポートを一つ占有してしまわないような方がいい。
Firewireだと確かFirewire機器をシリアルに連続してつなげられたような気がする・・・。
で、そのハードウェアをアップグレードしても新たにソフトウェアのライセンスを購入したりしなくてもいいようにする。
ハードウェアとソフトウェアは相補的に働くのだ。
まあ一種のドングルなんだけど、その機能がハードウェア化されることで、何かがすげー改善されるとかなんとかなれば、唯ライセンスを管理する為だけに付けなきゃならない只のドングルよりはマシかと。


とまあ、こんなようなことがいつかできるようになるのなかなあ。


難しい?じゃあ今すぐやろう。
不可能?じゃあ一寸時間がかかるな。

2008/04/16

ライセンスの理想

例えばハードウェアのシンセサイザーを買ってきて、それを私がどこでどう使ったって、まあ音楽に使う限りにおいては、普通は特に問題は無い訳だ。
然し一般的に、それと同じようにして、ソフトウェアのシンセを買ってきて、それを私が私の個人所有のパソコンに何台インストールしようとそれは私の勝手だ、とはなかなかならない訳だ。
というのは、ひとつには、ソフトウェア販売会社にとって、私が買ってきたひとつのソフトウェアパッケージを使って個人的に使用している複数台の私個人所有のパソコンにソフトウェアをインストールすることと、私が買ってきたひとつのソフトウェアパッケージを使って私の友人100人のパソコンにそのソフトウェアをインストールすることとの違いを区別することが難しいから、というのがその理由になるだろう。
或は複数のパソコンを使用している会社でそのソフトウェアパッケージを買ったときとか。

恐らく多くの場合、「それが個人的な利用である」ということが簡単に立証できる何かがあれば、ソフトウェア販売会社も「1CPUにつき1ライセンス」とか「四の五の言わずにインストールは一台のみ、ハードウェアが変わったらもう知らん」とか「ドングルの為にUSBポート一つと起動時間等を差し出せ」みたいなことを言わなくて済むと思うのだが。

個人利用用に設計されたソフトウェアの内の多くの場合、「一人の使用に対して1ライセンス」みたいなのがお互い理想だと思うんだが。
買ってきたソフトウェアパッケージを、ハードウェアを使うような自由な感覚で使えたら。
それを実現するのに何かいい案はないものか。
ということを恐らく多くのソフトウェア販売会社も考えているのだろうけど、未だ特効薬のようなものは発明されていないようだ。
どうせクラックされるときは何したってクラックされるのだろうし、クラックされ難くする仕組みを考えるのはいいけど、それで正直に公正な取引をして買ってるような人ばかりがその割を喰うような仕組みだけはどうか勘弁して欲しい。

ハードウェアドングル無しの「1ドングル1ライセンス」のようなものがあれば。
USBドングルが、せめて初回起動時の認証にのみ使用、とかならまだよかったのだけれど。
結局、勿体無いけどドングルが要るソフトウェアは一個も使わなくなってしまったしなあ。
YAMAHAの覇権には付き合ってられなくなった。

生体認証か?
或はとうとう住基ネット利用か!
リスクの方がよっぽど高そうな。

2008/04/15

DTM環境

ぬおおおお!
やっぱPC買い換え時なのか・・・。
或はFireWire410が悪いのか。
兎に角SONARが落ちまくる。
最近では最初にどのソフトシンセを使うか迷ってるような段階でガンガン落ちるようになってきた。
もう駄目だ。

買い換えるべきか。
とは言え、メインのPCはPentium4の3.0GHzのCPU積んでるんだけど、速度的にはこれで殆ど問題無いしなあ。
熱くて消費電力も高いけど。

或はMacにDTM環境を全て持ってこようかなあ。
或はDELLで新しいのを。
Core2Duoの3GHzって早いんだろうなあ・・・。
MacBookのCore2Duo2.2GHzでも大分早いしなあ。

まあ多分新しいPCは買わないけど。
そんなに余裕無いし。

取り敢えずはFireWire410以外の何かを試してみるのがいいような気がする。
なんか安いオーディオインターフェイスないかなあ。
取り敢えずMackieのONYX Satelliteか、M-Audioの今度新しく出るUSBのやつぐらいが候補かなあ。
ああ、出費が・・・。

2008/04/14

書き物

裸子植物の野郎共がやっと落ち着いてきたので、窓を開けて空気を入れ換えることができるようになった。
序でに机の上を多少片付けて、一寸は書き物でもできるようにした。
今まではMacBookの上で色々書いたりしてたからなあ。

昨日までは頭が全く回らなかったけれど、今日辺りから一寸はマシになってきた。
一週間ぶりに風呂に入ったような感覚だ。
病が癒えたような感覚だ。
さっぱりしている。
音楽ぐらい聴ける程度にはなった。
まあ明日どうなるかは分からないけれど。


ここ数ヶ月ぐらいのギターの腕の鈍り方は目に余る。
フィジカルな部分もそうだけれど、勘の鈍りが特に甚だしい。
実に良くない。
一寸ヴァイオリンを我慢して、できるだけギターを弾くように心懸けよう。

2008/04/13

ベース弦

何年かぶりにベースの弦を換えた。
今までステンレス弦を使っていたけど、アーニーボールの普通のニッケルメッキのにした。
序でに、今までヘッドにテンションバーが着いてたのだけれど、五円玉のストリングガイド式に替えた。
ガリガリに強いテンションですげー弾き難かったのが、テンションが下がって、その分弾き易くなった。
でも私のベースは指版がやたらと広くて弾き難い・・・。
安いジャズベでも買うかな。

音はテンションが下がった分音程の安定感に欠ける感じ。
まあそれはそれで好いのだが。
それからステンレス弦みたいなゴリゴリ感は少なくなった。

弦が新しいのでスラップがしたくなる。
まああんまりちゃんとできないけど。

私はベースがすげー下手だからな。

最近ヴァイオリンばっか弾いてて、ギターを弾くのに必要な筋力が衰えてる感じがするので、しばらくベースで腕を鍛えよう。

2008/04/12

電髪

髪を切った。
前に髪を切ったのは半年ぐらい前か?
ロン毛パーマは意外と楽だ。

後ろ髪の暑いのがマシになっただろう。
ずっと毛糸を纏ってるようなもんだったからなあ。

帰りに画材屋で友禅柄の紙とシャーペンを買う。
友禅の紙は・・・何に使おうかなあ。

2008/04/11

Live

Liveはよいねえ。
Abletonの。

ver.7になると殆どフル機能のDAWとしても使えるし、勿論、恐らく本来の使用法であるライブでの使用の為の機能や仕様も細かいところまでよく考えられている。

1ライセンスで、作業用デスクトップとライブ用ラップトップに入れることができるし(同時に起動しちゃ不可ないですよ、という制約付きではあるが)、或は、アクティベーション不要のデモヴァージョンでも保存とエクスポート以外の機能は全て使えるのでライブにはデモヴァージョンを使ってもいい訳だ。
というようなことが説明書にもちゃんと書かれているし。

確かにLiveのパッケージを買って、部屋の机の上でセットを作って、それでそのセットをライブでノートPCを使うのにはもう1ライセンス必要ですよと言われたら辛い。
あとアンロックキーは2つまでというのが、もう一寸余裕があれば。
PCを買い換えたときとか。

結構よく考えられている。

2008/04/10

筋肉痛

洟を垂らしながら唐突に体を鍛えて筋肉痛。
そうか!
躁か!

2008/04/09

プラグマティズムに対する誤解の源泉のひとつ

昨日の夜から洟が酷い。
洟の所為で眠れないぐらい。
取り敢えず薬の量を増やしてなんとかする。

日中は薬の量が三倍になる。

或は風邪をひいたのかも知れぬ。


��ローティ風の)プラグマティズムが誤解されるのは、ひとつには、道徳的問題に対するプラグマティストの回答の仕方にあるかも知れない。
例えばシリアスな哲学的懐疑論に対してプラグマティストは、そんなもん意味無いですよ、と回答するが、反論者はそれに対して、否、懐疑論について考えることは意味があるんだ、と応えるだろう。
然しこのとき、プラグマティストとその反論者は実際のところは同じことを言っているのかも知れない。
プラグマティストは、懐疑論が何故無意味なのかということを説明する理論を既に持っているのだ。
然しその理論への言及無しに、単に「懐疑論なんて意味無いですよ」と言われると、反論者にしてみれば、「否、懐疑論について考えることは哲学の第一歩として有効だということを君は認めないのか?君は実際に懐疑論について考えることで何かを学んできたのではないのか?」と返したくなる訳だ。
然しこの二人は、自分は懐疑論を実際には採らない(或は実際にシリアスな哲学的懐疑論を採り得る人間は存在しないということを認める)という点においては一致しているだろう。

同じことが「何故人を殺してはいけないのか」という質問に対する回答にも当て嵌まる。
プラグマティストはこの質問に対して「君は殺さないだろう?」とか、「その質問に因って君は実際には何を問おうとしているのか、君は今一度考えてみる必要があるんじゃないの?」と問い返すことで応える。
このときプラグマティストは頭の中で「デフォルト/チャレンジモデル」とか「想像力」とか「魂への態度」とか色々な理論を使っているのだけれど、そのことを表に出さないと、反論者にしてみれば、単にはぐらかしているようにしか見えないのだ。
確かに「何故人を殺してはいけないのか」という問題は何か重要であるかのような雰囲気を醸し出しているので、この問題にクソ真面目に真正面から応える必要は無いですよと言うプラグマティストは、反論者にしてみれば、不真面目な奴だと思われるかも知れない。
然し見落とさないで欲しいだが、プラグマティストは「何故この問題に対してクソ真面目に真正面から応える必要が無いのか」を説明する理論を既に持っているのだ。
つまりプラグマティストには「何故クソ真面目に応える必要が無いのか」という題で一本論文が書ける、というぐらい、説明の用意があるという訳だ。

ということを何故か思った。


昨日眠れなかったので、すげー眠い。

2008/04/07

手付け金

人に迷惑のかからない死に方があるなら是非教えて頂きたいものだ。
というぐらいの鬱を発症させながら今日も物件を回る。
梁に帯でも掛かっていれば私はその状況に最も相応しい行動を執っただろう。
頭がガンガンと金属質に鳴り響き、胃が捻切られ、脂汗が出て、吐く息が熱い。
酷い鬱は風邪の症状に似ている。

ネットの広告はやっぱ嘘っぱちだ。
確信犯的な嘘っぱちだ!
計画が丸倒れだ。

それでも比較的条件のマシなところに決め、手付け金を払う。

が、やっぱやめる!
ぜってーやめてやんかんね。
なんでこんな憂鬱を抱えながら満足のいかない物件に毎月何万も払わなきゃならんのだ!
手付けなんざ呉れてやる!

そう決めたら色々な症状が多少楽になった。

そういう訳で、私がここを移動するのはもう少し後になります。

ああ、東京。東京好いな。

Take me somewhere nice.

2008/04/06

約束の地

オーメンの棲息すべき約束の地を求めて。
北を放浪する。
あー、あんまり好い物件無いなー。
ネットに出てる広告は嘘か。

人と会って疲れた。
私の神経は軟弱なので、識らない人と会うと、ライフがガンガン削れていくのです。
ライフが削れると、頭が痛くなるのです。

駄目な奴。

無為

相変わらず洟ばかり垂らしている。
何も手に付かない。
まあ何も手に付かないのはいつものことか。
鼻が垂れるのもいつものこと。
いつもと変わらない今日。
いつもと変わらない明日。

むかーしむかしのことじゃったー。
何も変わらない、生まれて死ぬだけの人生であったそうな。

2008/04/05

灰色の脳細胞

カマキリがチョウを獲って喰っても、それを「暴力」だとは普通は言わない。
暴力というのは人間的で社会的なものだ。
暴力というのは、典型的には、人間が他の人間を殴るなり罵るなりしてその人の社会的地位を貶めようとすることだ。
暴力について考えるなら、その生物学的特徴について考えることから始めるよりその社会的側面について考えることからの方が先だ。
・・・というようなことを、ジュンク堂をぶらついたとき何かの本のタイトルと見て思ったのだが、何を見たのか思い出せない。
脳がやばい。

2008/04/03

ラムダッシュ

シェーバーを買った。
ナショナルの乾燥機付きのラムダッシュES8115-K
自動洗浄付きは、高いのと、あとリフィルを毎月忘れず買ったり取り替えたりするのを面倒臭がらずにやり続けられる自信が無かったので、やめといた。
日立のが半額近くになってたので、それとどちらにするか大分迷った。が、その日立のは本体のみだったみたいで、私は乾燥機付きが気になってたので、結局ラムダッシュになった。

ヨドバシで安くなってたのをゲットしたのだが、今見たらアマゾンと値段変わらないや。
アマゾンでもよかった。

使ってみた結果、大分剃れる。
が、まあまあヒリヒリする。
私は自分の肌が他人と比べてどのくらいの強度を持っているのか知らなかったが、どうやら肌は弱い方だったようだ。
まあT字の使ったときもよく切れてたからなあ。

よし、次はフィリップスのか日立のロータリーシェーバーにしよう。

2008/04/02

デス声講座

突然デス声講座death。
  1. 喉の一番奥に詰まった痰を吐く感じで咽を鳴らす。
  2. 同時に咽の奥を開く。
  3. 鼻から息が抜けないように鼻の奥を確っかりと閉じておく。
  4. 肺は息を沢山吐こうとし、咽から上でそれを圧縮する。
  5. 咽の壁を声で削るようにして、腹筋にガチガチに力を入れて「ですとろーい」(或はクラウザークラスの上級者は毎秒10回以上「レイプ」)と可能な限り声の音程を抑えて、無理矢理叫ぶ。
  6. 発音は下顎と舌の先だけで制御し、舌の根本は力を余り入れないように気を付ける。
  7. 口は「お」と「う」の中間を発音するときの形にしておくのが一番楽かと。
  8. 兎に角腹筋に力を入れまくるのがポイント。

という感じdeath。

ダイエットできるな。

2008/04/01

2008/04/01

音楽の新しい著作権管理団体のKSTD(Kyouha Shigatsu Tsuitachi Daze)が今日から本格的に活動しているようです。
インディーズシーンで最近注目を集めている5つのロックバンド、即ち、Verlogenheit、よだそう、ディセプション、Untrue、マニファク茶が中心となり、「自らの著作物を自由にする」をその活動理念として掲げ、登録された著作物のより柔軟な管理体制を目指している。
KSTD代表の一人、Untrueのバズーン担当のミシンそば氏の嘆息混じりに曰く、「情報技術がこれだけ発達しているというのにそれが著作権管理に全く以て有効に利用されていないなんて俄には信じ難いことだろうが、然しこれが世界の有様だ。誰かが面倒な仕事をやらなくちゃならなかったんだ。よだそうの前のヴォーカルの島辺博人って奴が、たまたまPHPぐらいなら書けるらしかったんで、じゃあやってみようよ、とやってみたのが始まりだった。これがロックというものだ。まあ実際はそんなに難しくないシステムだったけどね。今はVerlogenheitの二胡の濱正俊が何故かRuby(JRuby)で大体書き直してしまったようだが。」と。

先ず特徴的なのは、著作物の利用料金の設定が一定の範囲内で著作者が自由に決められること。
どのように決めればいいのか分からない人の為にテンプレートも用意されている。
それから登録する著作者が個人でなければならないこと。
これはKSTD代表の一人、マニファク茶の音響担当の小夜侘助氏曰く、「力のある企業や団体が著作者個人の権利を乗っ取ることができないようにする為の実験的で一時的な試みである。」とのこと。
バンドの場合はメンバーの各個人が個別に登録しなければならないし、大きなプロジェクトでもそのメンバー一人一人が個別に登録しなければならず、一括して登録することはできない。
団体の収入は、著作権管理/検索のウェブシステムの置かれたホームページの広告収入と寄付でまかない、手数料は基本的にはかからない。
KSTDが黒字に転向した場合、年間に得た純利益の30%を奨学金に、12%をユニセフに、3%をOLPCに、21%をその他のKSTDがその活動の有効性を認めた団体に寄付し、残りで買えるだけの肉とワインと宝石を買って、上記の5つのバンド山分けにするそうだ。

KSTDに登録されている著作物の著作権が侵害されていないかのサーチをするのがKSTDの仕事の一つである。
著作者に未通知の著作物利用など、著作権侵害らしきものが発見された場合は先ずその著作物の著作者に、発見した旨のメールを送る。
著作者は、利用者に対してどのような態度を取るのかを3種類の中から選択することができる。
即ち、無視する、KSTDに警告させる、KSTDに利用料金を徴収させる、の3種類。

著作物利用者はKSTDのウェブシステムから利用したい著作物を検索し、利用料金を調べ、納得がいけば料金をKSTDを通じて利用者に支払う。
また、料金に納得がいかない場合は著作者と直接或はKSTDの窓口を通して間接的に交渉することができる。


まだまだKSTDにはこれまでの著作権管理団体には無かった特徴が見られるが、嘘をつくのもなんだか才能が要るようなので、想像力の貧弱な私はもう寝ます。
てゆうか力尽きた。

一応言っとくけど、エイプリルフールネタだかんね。

近代式平等観と唯物論

ルソーに始まる近代式民主主義観或は近代式「人間の平等」観の発展が、仮に唯物論の発達に拠って支えられてきた一面があるのだとすれば、私のような、唯物論よりは寧ろ唯名論の方へと一歩を踏み出して了っている者は、近代民主主義或は平等観を、現代においては、どのように見直さなければならないのだろうか・・・・という問題はあり得る・・・かも知れない、ということを風呂の中で思い付く。
なんで思い付いたんだっけ?
途中が抜けている。
人の曰く登り切った梯子は捨ててしまわなければならないそうだが、慌てん坊の私は上っている途中の梯子をガンガン捨ててしまう。

併し近代式平等観と唯物論とを説得力のある形でつなげるのは、少々骨の折れる仕事であるような気がする・・・。
それなりにつながるような気もするし、それなりに意味のある形ではつながらないかも知れない。

そういや似たようなことを誰かが言ってたような気がするんだけどなあ。
誰だっけなあ。
テイラー?じゃなかったと思うんだが?
参った、勉強してないのがバレる。

「民間心理学的記述と物理学的記述との間に翻訳の不確定性がある」という思い付きも、私はなんてステキな思い付きをするのだ、私は本当は天才だったのか、とか思っていたら、20年か30年近く前に既に他の人が同じことを言ってたりとか。
ホント、やーねぇ。

どうも私は頭と格好が悪くて不可ない。