2005/10/31

ロウソクの光で見る音楽

無いはずの暇をあることにして曲を創る。
ロウソクの光で見ているような音楽。
八割方完成。あとは最後のひと閃きを待つのみ。
デモなのに一部の音に相当拘ったりしているから作業が遅いのなんの。
一つのトラックに対してリバーブとコンプとEQをそれぞれ2種類ずつ使ってるようなトラックがあったり。20バンドぐらいあるグライコプラグインが欲しい。あと物凄くスパッと切れるハイパス/ローパスフィルターとか。
かといって物凄く手抜きなトラックがあったり。
まあ全体の音数が少ないのが救い。でも閃き方次第では増えるかも。
そんなことしてるから面倒臭くなって飽きてしまうんだろうけど。
でもボク我慢するよ!

2005/10/30

芸術の秋

秋。
芸術の秋。
ということで、勉学もそこそこに曲でも描いてみる。
今週は珍しく余り忙しくないし。
あー、楽しーなー。と、自分に思い込ませながらする。
頭の中で曲を創っていくのは楽しいんだが、いざSONARに打ち込んでいくとなると実際には面倒臭い。
まあSONAR4になってから細かい編集作業が結構楽にはなったのだが。
だからボク我慢するよ!

因みにSONAR5はフリーハンドでオートメーションが描けるようになる。
一応SONAR4ではMIDIのピッチベンドぐらいはフリーハンドで描けるのだけれど。
私は昔 YAMAHAのXG warks を使っていて、それで XG warks ではMIDIのヴォリュームとかもフリーハンドで描けたのだが、あれは便利だった。
例えばヴァイオリンとかフィドルなんかでは弓を強く当てて粘っこく擦るように弾くとき、ヴォリュームが一番大きくなるのが普通より遅かったりピッチが揺れたりするのをMIDIで再現するときなんかに役に立つ。
SONAR4ではそんなヴォリューム操作一々やってられないのでタイミングをずらしたりしてそれっぽく聴こえるようにする。
それとか、ヴォーカルのミックスとかオートメーションをフェイダーを使ってリアルタイムに記録させていくよりも波形を見ながらフリーハンドで描けた方が作業効率は良いんじゃないかと思う。

サウンドハウス↓
SONAR 5
 

2005/10/29

秋は夕暮れ

今日は、「記述」「物語」「イデオロギー」の使用の仕方の何処が同じで何処が違うのかを明確にして考えないとないと不可ないなあ、ということを考えた。
つまり大して何も考えなかった。
能くこんなに何も考えずにいられるなあと、我なら感心する。


草の匂いが秋になった。


それから昨日ぐらいに、大分以前に書いていた日記もこっちに移せるようになったので、移した。
左の「過去ログ」がやたらと増えているのはその所為。

2005/10/28

Fairuz、Ellen Allien、Sigur Ros、Franz Ferdinand、Opeth

朝、身体はそんなに悪くなかったので、授業に赴いてみる。
度々しんどくなったが、何とか授業を受け、帰途に就く。
時々逆境に強くなる困った性格の所為で、帰りがけ、しんどさを圧してタワレコに寄る。
CDを買うのに脂汗を流す。
FairuzEllen AllienSigur RosFranz FerdinandOpethなど。
アラビアンポップの Fairuz が一番好かった。
エレクトロ/テクノの Ellen Allien は突出した点もないがまあ聴ける、という感じ。付属のビデオクリップに期待していたが、それも余り面白くなかった。太った人が腹をラケットにつくねをボールにしてピンポンしているビデオクリップ。因みに音は丸めでもっさりしている系。
Sigur Ros はあんまり好きじゃないんだけど。Dirty Three の新作でも買おうと思ってぶらぶらしていると試聴出来るのを発見し、視聴したのだがあんまりぱっとせず、で、同じ試聴機に入っていたのがこれ。前作より更にしょうもなくなっている気がしたが、Dirty Three の新作よりは好かったこともあって、何となく勢いで買ってしまった。矢っ張り私は Sigur Ros なら MOGWAI とかマイブラの方を聴きたく思う。
Franz Ferdinand。「悪くない」という程度でこれも特にキラリと光る物がなかった。一曲ずつ聴く分にはまあ楽しめるのだが、三曲以上連続で聴くと飽きてしまう。まあパーティなんかのバックグラウンドミュージックとしては良いのではないだろうか。私のように独りでじっくり聴くことが多い人間には、一枚通して聴くのは余りピンと来ない。
あーでも Jamiroquai は大好きやねんけどなあ。
Opeth。ゴシック寄りのデスメタル+α。彼らはデスメタル一直線というよりは、結構色んな音楽をちゃんと聴いているっぽいので気に入っている。


因みに体の方は寝たり起きたりで。頭もあんまり働かないので起きたらパソコン触ってる感じで。

2005/10/27

Kritik der Menschenkraft

風邪を圧して書きたいことがある。

人間力を高める?
ソースはここここ
糞みたいな響きを持つ言葉だ。口から糞を吐くようなものだ。
能く酒も呑まずこんな言葉で口を汚せるものだと感心している。
而もこの語がどんな意味内容を持っているのかが全く以って明確でないし、メタファーとして良く出来ている訳でも、詩的美しさがある訳でもない、実にカスみたいな言葉だ。

ニートとは社会から疏外して扱われてもしょうがない存在である、或はニートとは人として不十分な存在である、というような物語を社会に更に広める目的に対しては素晴らしく効果のある言葉だろうけれど。

私の拙い社会分析では、「人間力」なる訳の分からん力が足りないから人がニートになる、或はニートの人を就業或は就学させる為には「人間力」なる訳の分からん力が必要である、というのは余りに短絡的な思考であり、或程度正しかったとしてもことのごく小さな一面を誇大して考えているだけであるように思える。
重要な点として、社会に対して希望がない点、例えば、権威主義的イデオロギーが若い世代にとって馬鹿げたものであるとして広く理解されている反面、実際の社会では未だにそのような権威主義が猛威を振っており、若い世代の人間がそのような「馬鹿げたことが罷り通っている社会」に対して希望を持つことを諦めている、というような物語を若者世代が自分達について広く物語っている点、自らが自動機械や単なる歯車でないと知っていながら就業すればその歯車になるほか無いという物語が社会についての物語としていよいよ重要な部分を占め始めた点、或は青春時代の殆どを「先の見えない不況、自己責任」ということに関する物語が語られた時代に生きており、社会に対して希望を持つということがどういうことか理解出来ない、という点、があり、また自分が自分の社会の一員であるという物語が力を失い、社会と自分を切り離して考える物語が疏外の物語として重要な位置を占めるようになってきた点、それらの点が、ニートの問題を考えるときに重要な点となるのではなかろうかと思う。また、社会の側がニートを社会から疏外するような物語をいよいよ露骨に敵意を持って物語るようになってきたという点も重要であると思う。「ニートは人間力が足りない」とか。「ニートは親の財産を喰って生きる穀潰し、働かざる者喰うべからず」とか。その影響を受けてニートである人はますます生き難くなる物語を自分に対して物語ってしまい、ますます動きにくくなるという悪循環が始まっているんじゃなかろうか。
ニートであるまさにその人がニートになったのは、その人自身に負う分も幾らかはあるだろうが、そのことは兎も角として、ニートに関する問題がまさにそのような社会問題になったことには寧ろ社会の方に問題があるのであり、また個人の問題に分析してしまうだけでなく社会の問題として扱われるべきだと思う。
推敲が面倒臭いから文が矢鱈長くなってしまって文の構造が見えにくくなる愛嬌。
まあ簡単に言うと、単純に日本社会がニートに対して物語っている物語とニートである人が自分自身に対して物語っている物語の傾向性を分析してみるだけでも、「人間力」なんて差別的でないなら意味不明な語を持ち出してくるよりは一寸はマシなことが言えるんじゃないか思う。

「人を励ます」という動機は多くの場合「善いこと」に数えられるが、一方で実際に人を励ますときには一寸は考えてしないと不可ない、ということは常識的真理であったように思うのだが。私が間違っているのだろうか(反語)。

うん、腹と頭が痛くなって来た。

2005/10/26

計画的、早寝

最近一寸無理をするとすぐに身体から「いやムリっす」というレスポンスがあるような体になってしまった。
普通人は何処か一箇所くらい一寸悪くしても、それなりに生きていけるようにできているものなのだが。
ということで、恐らく何処か一箇所だけ悪いというよりは寧ろ、全体的に一個の生命体として免疫力が低下しているのだろう。
喰う物は一応酷い時期よりは余っ程改善されている筈だから、生活リズムがなってないのが不可ないのだろう。
というかここ何日もまともに寝てないのが不可ない。
何の苦行やねん。

要早寝。
そして一寸は計画的に生きること。

2005/10/25

やばい。
異様にしんどいので今日はもう寝ます。
もう朝は冷え込む時期なのに窓を開けっ放しにして寝るのはどうも関心しなかった一日。

2005/10/24

カラオケ

神戸に赴き、友人に会い、カラオケなどする。
フリータイム、3人で6時間半程歌う。
カラオケなのにまあまあ良いマイクを使っていたので結構歌い易かった。
ヴァレンシアの『ガイア』など、普段は入ってそうで入ってない歌が色々入っていたので、嬉々として歌う。

因みに私の歌の得意分野はジャズやブルース的なものなのだが、そういうのはカラオケには余り入っていない。入れて欲しい。せめてスタンダードくらい。まあスタンダードも幾つか入っている機種もあるようだけど。今日のは入っていなかった。
あとジェフバックリーを是非。

またルナシーやら伊藤真澄やらマイケルジャクソンの物真似をする。
伊藤真澄の物真似が一番似ていたかと。
あ、ジャミロクワイ歌うの忘れてた!

カラオケ面白いな。


序でに漫画を買い、飯など喰い、帰ってくる。

2005/10/23

ICO再び

今日もICO。
ムズけーかった。
が、どうにかクリアしました。

手を引いて、守って戦って、なのに、なんて切ない。

2005/10/22

ICO

ICO
えらい名作という噂。
にわ氏に一年かそこら借りっぱなしなのを、やっと今日初めてプレイしてみる。
まあぶっちゃけ、借りてたことを忘れていたのだ。
というのも、そろそろ返さなくちゃと思ったのだが、折角「これはいいぜ」と言って貸して貰ったものを、「全然やりませんでした」と言って返すのも礼に反するかと。
というか一年も借りっぱなしというところで既に余っ程礼に反しているかと。
ということで、一応返す前に一度プレイしてみることにする。
面白ければ返した後にでも自分で買えばいいのだ。中古なら多分1000円も出せば手に入るだろう。
で、やってみたのだが、面白い。影ちょー怖ぇ。
そして意外にムズい。
ムズく感じるのは、まあ私は普段ゲームは殆どしないからなんだろうけど。
どのくらいムズいかというと、女王登場から全く先に進めない、というくらい。
これから私はどうすればいいんだ、途方に暮れて御座候。

2005/10/21

ガムラン、インソムニア、音楽理論

今週も疲れた・・・筈なんだが、何故か眠くならない。
あー、また例のあの病かねぇ。
ビビりながら生きる。
違ったらいいのだけれど。


それから、ジャワのガムランのCDを買った。
「ガムランっぽい」ような音楽のCDなら沢山持っているのだが、ほんまもんのガムランはこれが初めて。
因みに生ガムランは昔バリに行ったときに聴いたことがある。
ケチャじゃなく。
それから日本でも、「遠戚の友人」ぐらいの微妙な間柄の人がやってるのを一度聴いたことがある。
そのときは私は今より更に若造だったので、音楽を楽しむというよりはポリリズムの分析に終始していた記憶がある。
今回はちゃんと楽しもうと思う。
まあ兎も角あの人達、多分、私が知っている音楽認識の仕方とは違う音楽認識の仕方を知っていらっしゃるようだ。
単なる無秩序な音の羅列が音楽ではないのは、音楽が音楽である為には、多かれ少なかれ、或は意識的なものであれ無意識的なものであれ、その音の塊の構造に何らかの規則性、或はもっと言うと、社会で或程度通用している規則としての「規範」性、がないと不可ないからである。
ならそのガムランの世界で成り立っているような規範を、ラーニングしない手はない。

音楽の規範性ということについて序でに言っておくと、芸術家は新しい規則を発明することが可能ではあるが、その規則がその「音楽」やその芸術家にとって完全に私秘的なものであるときには、その規則は規範とはならないので、その括弧付きの「音楽」は今や音楽であるとは言えない。
歴史や社会を完全に超越したという意味で「完全に新しいもの」或は「完全にオリジナルなもの」こそ芸術家の目指すべきものだという幻想は、捨て去るべきである。
そんなものは仮に存在するということが可能であると言えたにせよ、どのみち無意味なものである。
それに換わるものとして、「十分に新しいもの」或は「十分にオリジナルなもの」というような言葉を使用するように私は勧める。
まあ心配しなくても、人間に「完全に新しいもの」なんて、原理的に創造できやしないんだ。
何故ならその「新しいもの」の新しさが完全性を持ったその時点で、その「新しいもの」は何の意味も持たないものになるからであり、或はその「新しいもの」が何を意味しているのかとかどう新しいのかということについて原理的に理解不能になるからであり、或は言い換えると「新しいもの」という言葉が戯言や叫び声としては機能するかも知れないが意味を持つ言葉としては機能しなくなるからである。

まあそれでも尚、新しい規則の発明は芸術家の重要な仕事の一つであるという私の信念に変わりない。単にその規則が「完全に新しい」規則であるということが全く意味を為さない、というだけのことで。

従って学ぶことを恐れるな。

2005/10/20

計画性、行動力

今週くらい早く眠れると思ったのだが。
そうは甘くない。
為すべきこと未だ終わらず。

然し一応徹夜は避けられそうな。

早く寝たいと身体が申して御座います。

行き当たりばったりの人生。
計画性と行動力が欲しい。

2005/10/19

古本の前の持ち主

古本を沢山買う。
文庫本が一冊50円也。
見た目が汚いが、私好みの近代小説も数が或程度揃っており。
15冊買って750円也。
新書一冊分の直段。
買った本の中には『万葉・古今・新古今』という本も入っているのだが、恐らく前の持ち主が高校生のときにでも使っていたのだろう、学年クラス名前出席番号が、本の、端っこだが能く解るところに、ボールペンで思いっ切り書いてある。
本屋さんよぅ、名前書いた本売るなよぅ、何か危なさそうだろっ・・・って、そんなことも確認せずに買ってる私も私だが。
因みに名前が女性の名前だったので少々色めくが、この本の印刷された年と学年を考えると、私より十幾つか年上らしいということが解る。
てことは○○歳位の女の人か・・・うん、未だ私は若い・・・而もどうせ美人とかじゃないんだろう・・・。よしっ、対象外ということにしよう!
などと誠に勝手なことを連想ゲームしてニヤニヤする。

って矢っ張り、知らん人のプライベートなことが一寸分かっちまったじゃねえか・・・。

名前と年とが分かったくらいで強請のネタにでもなる訳ではないが、然し自分の名前が書いてあり、学生時代に使っていた品で、思い出の一つでも思い起こさせそうな品が、私のような何か訳の分からんアホっぽい他人の手に渡るのは、あんまり好い気のしないことなのではなかろうかと。

私が古本をそんなに好きではないのは、古本は多かれ少なかれ以前には誰か知らない人の持ち物であったということが、言い換えると以前そういう所有物としての本を自分のものとして読んでいた人が居るということが、どう無視しようとしても能く解ってしまうところである。
従って純粋にテキストから得られる情報だけでなく、もっと他の私にとって重大に影響を及ぼす情報として、前の持ち主の情報が否応なしに私の中に吸収されてしまうような感覚が好きではないからだ。
私がもっと人との関わりを積極的に求めるような体質であったら、或はこのことは好いことだったのかも知れないが、残念ながら私は常にATフィールド全開な感じなので。

2005/10/18

ホリック、ガンダムさん

漫画。
買ってきた。
XXXHOLiC機動戦士ガンダムさん

ホリック。
クランプ的な因果応報やアヤカシもの。
魅力は画。
話も、段々面白くなってきそうな感じ。

ガンダムさん。
ガンダムのギャグマンガ。
おバカなシャアとツッコミのララア、思春期のアムロ、アッガイ萌えなど。
兎に角ガンダムネタなので、ガンダムについて幾らかの知識は要るが、然し少し知っていさえすれば、楽しめるんじゃないかと。

2005/10/17

雨ニモ負ケズ

昨日から哲学会という慣れぬ響きを持つ場に緊張気味に赴き、発表討論を聴き、飯を喰い、酒を呑み、一泊し、少し睡眠を摂り、また発表討論を聴き、飯を喰い、夕刻帰宅する。

帰宅後、疲れてしまってエポケーっとしながらサンレコでも読むうち時間が潰れる。
土日が潰れ、今週の用意が何もできていない。
うーん。
というか、私にも再来月かその次の月辺り発表があるという噂。
勿論用意は全然できていない。
うーん。

雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ、
もっと用意周到な人に私はなりたい。

2005/10/15

モーツァルトとベーム

何もできなかった・・・。
ぼんやりモーツァルトでも聴きながら只管ぼーっとする。

モーツァルトはベームのがいいねー。ベームってのは指揮者の。
録音は古いけど。流石に巨匠と言われてるだけのことはあるんだろう。
一つの音が始るときアタック感がない。一つの音が終わるときに余りプツッと切って了わず、スタッカートさえ僅かにフェイドアウトしてる感じ。
だから全然ズンズンガンガンという感じがない。大地や鼓動の力強さとは無縁。
その代り、流れるよう。音が一続きになっている。
川が途中でプツプツ切れてるのは変だ。

それでまた、モーツァルトの、何処まであるのか端が見えないような広がりが、能く解る。
うわ、広っ、端っこ見えねーや、みたいな。
単に音で、ここまで見せられるのだから、スゲー人はやっぱスゲーんだなと思う一日。

モーツァルトは昔は嫌いだったんだけどねー。
好きじゃない、ではなく、嫌い、だった。
面白くなかった。軟弱だと思った。
筋肉肉体に関するものだけが人間の芸術に関するものであり得る思っていたから。
その頃からベートーベンが好きだったのは、ベートーベンの筋肉と筋肉の動きに因って作り出される表情が好きだっただけだった。
因みにベートーベンは私のクラシックのアイドル。
然しモーツァルトの良さが段々解るようになってくるくらいに私の音楽理解が変わってくると、ベートーベンの見方も変わってきて、別の良さが見えてくる。

だから音楽を色々聴くのは止められない。それらは私の世界認識の仕方を増やすことで変えて呉れる。


って、こんな内容、もう一つの方の音楽レビューブログに書けばよかった・・・。
ということで今度暇なときにそっちにコピペしときます。

2005/10/14

記述間の翻訳不確定性

さて、このブログの記録メモという側面の最たるものを。
人間の或振る舞いが道徳的である為には、ということに関して、思ったことなど。
忘れないうちに。迷走気味に、飛ばし飛ばし、私的言語で書くと。

私は物凄くプラグマチストなもんで。プラグマチズムの語彙で物事を記述するのが好きなのです。で、何でも先ずプラグマチックなもののとらえ方から出発してしまうという癖がある。
因みに「プラグマチズム」ってのは何かってことは今日は説明しません。チョー面倒臭い。私はナチュラルボーンプラグマチストなので、そりゃ魚になんで泳げるのか訊いてるようなもんだ。私のプラグマチズムはローティに影響を受けていて、それでローティのにかなり近いものなので、まあローティ読んで下さい。『偶然性・アイロニー・連帯』がお勧め。まあ簡単にだけ説明しとくと、プラグマチストというのは、ウィトゲンシュタインの「ザラザラした大地に戻れ」という言葉が好きな人達のことで・・・?
ハイ、テキトーに言いました。面倒臭いんだって。色んな側面があって。

まあ兎も角、私にとってプラグマチズムとは、それによって議論のスタート地点に立つ為のものであって、プラグマチズムそれ自身のみによって議論に何らかの解決を与えることが出来る、というようなものではない。ということで、取り敢ずスタート地点まで行ってみよう。

好い/悪いを判断する道徳判断についての議論で、例えば、行為性或は動機を重視するのか結果を重視するのかというような議論について。
結果重視ってのは、動機の良し悪しや有無は兎も角、いい結果をさえ引き起こせば、それは道徳的に正しいことをしたんだと言える、というような立場。それに対して行為性重視ってのは、道徳的に正しいことをしたんだ、と言える為には行為性が必要で、行為性無しには道徳的正しさは成り立たないんだ、というような、カントっぽい感じの議論。
因みに「行為」ってのは「或行動について、そうしようと意識してそうすること」みたいな感じ。そうしようという明確に意識された動機がある。だから、反射や無意識的な行動は勿論のこと、或ことをしようと意識したんだけど違うように行動してしまったってのも、ここでは行為ではない。
因みに、行為に関するこの種の定義は込み入った議論をするときには一寸素朴すぎるように思えるが。例えば「ランプが点くのが見えたらできるだけ早くボタンを押してください」と言われた被験者の意識や行動や反応時間について込み入った議論をするときとか。然しまあこれで十分、という場合も多い。

で、プラグマチックな観点から見てみましょう、と。
その判断の対象となっている個々の(一般的な、ではなく)事柄について記述しようというとき、実際は、「行為性」や「結果」に関わる語彙で記述されるよりもっと沢山の種類の語彙によって記述される記述の仕方が可能なんではないかと。で、それらの別の記述の仕方で記述された個々の記述の関係について言っておくと、それらの間には翻訳不確定性テーゼが働く限りで翻訳可能である(何故なら同じような事柄について記述されているのだろうから)、ぐらいの関係なので、それらの記述のうちどの記述が重要なのかについて議論することが可能であり議論することが可能であるということは、合意されていない状態から、議論の参加者の共通認識まで掘り下げるなどして、合意にまで達する可能性があるということである。
なので、ここで、どの記述が重要なのかについての議論が起こる。
プラグマチズムが主に面倒を見るのは一応はここまでであり、またここでやっと議論を始めることができる。そういう意味で、プラグマティズムは、それによって議論のスタート地点に立つ為の物なのである。

で、議論が旨く行けば、議論の参加者の間で合意が得られる。(因みに言っておくと、勿論、誰が議論に参加すべきか、誰の間での合意が必要か、というようなことも、議論の余地があることである。)
またその後、他で議論してた人達の合意内容とこの合意内容が衝突する場合には、またそこで新しい議論を始めることができる。我々は新しい記述の仕方を幾らでも発明することができるのだから、何か語って語り尽くされるなんてことは無い。
というように議論が続いていく。


・・・読み返してみると、あんまり大したこと言ってねーな。
あ、でもこの違う語彙で記述された記述の間に翻訳不確定性テーゼが機能するとか言っていいのかというのはもう一寸考えないと。
でもメタファーとしては・・・まあまあ面白いんじゃねーかね自画自賛。
因みに自画自賛ってのは悪い意味で使われると思うんだが。然し私は言っておく。芸術家に対して。
自賛できない絵なんか描くんじゃねー!


で、重要な点の一つは、プラグマ「ティ」ズムなのかプラグマ「チ」ズムなのか、どっち、という話。

2005/10/13

新しい眼鏡

ハイ、すいません、徹夜です。
ハイ、私が悪いのです。
今日朝起きてやろうとしたことが、寝てしまって、出来なかったのです。
言い訳がましいですか?言い訳をしてるのです。


新しい眼鏡を手に入れた。
装備すると、コンタクト装備時より気楽さのパラメータが3上がる。
魔力が2上がる。
特技「セブンに変身」が使えるようになる。
目の大きさが4下がり、回避率が5%下がる呪い。


それから、Sleipnir 2.00 の正式版がでました。
わーい。

2005/10/12

おいっちに

最近の腹の突出振りには辟易させられる。
腹をへっこめよう計画開始。
蟲か?蟲いっとくか?
すいません、それだけは。
ということで、腹筋でもしてみることにする。
おいっちに。おいっちに。
痙る。
・・・やっぱヨガか?

2005/10/11

副腎皮質

ムーンライトソナタ(第一楽章)な季節と相成り候。
然し私の部屋からは月が見えない。
従ってこの気分の幽玄さは月の美しさの所為に非ず。
昨日飲んだドリエルの所為。
或は黄金糖と氷砂糖を喰い過ぎた所為。
プロザックとインシュリンを呉れ。
或は一杯の温かい紅茶を。

ナザレのイエスの曰く、求めよ、さらば与えられん、と。
然し私は言っておく。
求めよ、さもなくば得られず、と。
求めよ、得んとせよ、と。

従って茶を淹れよ。


早くトレンチコートな季節にならないだろうか。
そうしたら、何処か歩こう。
見通しの良い道が好い。
前を向いて。

2005/10/10

ピックアップの配線改造週間最終日

ギターを改造しましょう週間最終日。
テーマは「SGのピックアップにシリアル-パラレル-タップ2本同時切り替え用のロータリースイッチを取付けましょう」。
因みにこのSGは以前からリアのトーンポットを外してタップスイッチが取付けてあった。
その前はシリアル-パラレルの切り替えスイッチを付けていたのだけれど。
そのタップスイッチを今回3アクションのロータリースイッチに交換してしまおうと。
それからこういうスイッチ類は、楽器屋で買うより電子パーツショップで買った方が1/3(ギターによく使うもの)~1/10(ギターには珍しいもの)くらいの値段で手に入ることが昨日判明した。

序でに言っておくと、トーンポット(に付いているコンデンサ)は外すだけで大分音が変わる。ギブソンに特有の鼻をつまんだような中域が強調された艶々な音が好きな人は外さないようにしましょう。逆にもっとビリビリしたハイまで出したい人は外してしまいましょう。
付けておけば艶とガッツがある感じに。外せばギンギンアグレッシブな感じに。
私のようにSGみたいな生音からして中域強調型のギターを使っている場合は、外してしまえば、まあどこでも使いやすい音にはなるかと。まあ私のアンプのセッティングに関しては、殆どの場合ハイを削るのだけれど。然しエフェクターを通す前でハイを落とすのとアンプで落とすのでは出音は全然違ってくる。その辺はお好みで。
私の感覚では、トーンポットを付けてハイを落とした方が艶やかな感じは出るが、アンプで弄った方が飽和感のある音を作り易いような気がする。
私の場合は、リアではもっとハイが出て欲しかったしリアのトーンポットは殆ど使った例しがなかったので、リアは外している。フロントはピックアップの特性上(ダンカンのJazzはかなりハイが出る)、これ以上ハイが出る必要がなかったし、トーンポットは結構使うので外さないでいる。

で、元々トーンポットがあった場所にできたスペースに、今回はロータリースイッチを取付けてやろうと。

まあタップもパラレルも以前使ったことがある音なので、別段新しい訳でもなく。
でもまあどちらもすぐに切り替えられるというのは魅力。
因みにパラレルの音ってのは、多分グレッチのフィルタートロンがパラレルだたと思う。あの、ブライアンセッツァーのに付いてるやつ。ジェットとかによく付いてる黒いシングルのじゃなくて。違ったかな?まいっか。実際音は全然違うんだろうし。
センターがリバースでないストラトのハーフトーンとかムスタングの両方のスイッチをフェイズアウトさせずにオンにするのも、回路的にはパラレルみたいなもん。
然しピックアップ同士の距離がパラレルの場合は近いので、音は一寸違うが。
まあ音的には、「ノイズの無いシングル」と言った方が近いかも・・・。じゃあタップ要らねーじゃんって話になるなー。
でもタップとパラレルはやっぱ一寸、質感が違うからなー。説明し難い。シングルとハーフトーンの間みたいな音?

それから、「回す」という動作は、瞬時に切り替えたいときなど、思ったより時間がかかって手間取ることが解った。
矢っ張りスイッチはトグル式の方がやり易い。
然し見た目は、こっちの方が格好良い。
私はガスの元栓に付いているようなノブを付けている。
なんかカチカチできそうで、機械っぽくて格好良い。





2005/10/09

空白むピックアップ交換

日本橋のパーツショップで4PDTのON-ON-ONのトグルスイッチを手に入れる。
ディマジオの1/10の直段。
序でに4回路3アクションのロータリースイッチも手に入れる。
SGもシリアル-パラレル-タップの切り替えができるようにしようかと。
これもまあ似たような直段。多分これも、楽器屋を通して買うと10倍近くふっかけられるんじゃないかと。
それからヴァイオリン用のピックアップに改造する為の100円くらいのブザーを買ってくる。
楽器屋でパーツを買うのが馬鹿らしくなる。
ギター工房やリペアショップの人達なんかはどうしているのだろうか。

頼んでおいたピックアップも届いたので、早速付けてみる。
1ヴォリューム1トーン(トーンはフロント専用)にする。
これでピッキングのとき邪魔になるボリュームポットを一つ下に移動させることができる。
またピックアップセレクターをリア-リア+フロント-フロント-フロント+センター-センターの順に切り替わるようにする。
つまりフロントとセンターの配線を換える。
勿論二つのハムバッカーは、2個同時にシリアル-タップ-パラレルの切り替えができるように4PDTスイッチを導入する。
スイッチはヴォリュームポットとトーンポットの間に穴を開けてそこに付けることにする。

これで万能ストラトのできあがり。

見違えた。
JB jr.はかなりガッツのある音。ディストーション向け。
little'59は甘くてぶっとい。オールマイティ。特にタップ時やパラレル時の音がかなり使える音!
SGに付いてるCustom + Jazz の組み合わせに比べると、こちらは中音域重視。CustomもJazzも結構ハイが出る。

只管ヘヴィーブルースを弾きまくる!
そして空が白む。





2005/10/08

JB jr.とlittle'59、ミニスイッチ、弦のゲージ

ストラト用ピックアップを注文した。
JB jr.とlittle'59。ハム×2。



ピックアップの配線を考える。
ミニスイッチ一発でシリアル-パラレル-タップの切り替えが2本同時にできるように。
色々考えた結果、4PDT(4回路)のON-ON-ONスイッチが必要であるという結論に達した。
然しそんなもん何処にも売ってるの見たことねえ!
ネットで調べてみると、一応ディマジオから出てるみたいね。5000円くらいで。
高えよ。それスイッチに付ける値段じゃねーよ。買えねえよ。てか何処の小売店で売ってるんだよ。
ディマジオなー、スイッチとか品揃えが豊富なのはいいんだけど、如何せん高いのよね。
シリアル-パラレルの切り替えだけなら3PDTのON-ONスイッチでいけるのに。800円くらいかな?
然しディマジオが作ってるくらいなら他も作っている筈。
ということで近いうちにスイッチ探しに日本橋に行ってきます。
若し無かったら2PDTのON-ON-ONスイッチ×2で我慢します。
でもミニスイッチ2個って、見た目もダサいし使い難そう・・・。

因みに一緒に弦も買ったのだが。
買うゲージ間違えた・・・。
最近は私は0.10か0.11をよく使うんだけど。
で0.11を買ったつもりだったんだけど。
買ったのは0.09だったよ、スーパースリンキー。
5セット。出荷済み。
最近0.09なんて殆ど使わなくなってるのに。昔買い溜めたのが余りまくってるのに。
ということで、余り物を消費すべく、弦を張り替える。
まあ音が悪くなるって訳でもないし。これはこれで。
然し太いゲージになれていたので、一寸ピッキングがし難い。
そして錆びやすい。

2005/10/07

html辞典

htmlの辞典を買ってしまった・・・。
こんな忙しいときに。
今から何をしようというのか。

因みにこんなのです↓

詳解HTML&CSS&JavaScript辞典

詳解HTML&CSS&JavaScript辞典


ジュンク堂で色々パラパラ見てみて、決めた。
内容の充実度より見易さが決め手。
出も私は自分のホームページにJavaScriptを使う気がないので(サイトを閲覧する為にセキュリティー設定とかいじらなくては不可(いけ)ないのは面倒臭いでしょう?特にノートンさん。)、この本の後半部分は(ほとん)ど無駄なんだけど。
htmlとスタイルシート専用。
まあ、内容がより充実しているものは他にあったのだけれども、私は大した事をするつもりがなかったので、内容的にはこれで十分かと。
そういう訳で、見易さ重視でいくと、これかと。

(ちな)みにルビふってみました。
IE5以降のIEだと、対象文字の上にちゃんとルビが乗っかるように見えるらしい。
それ以外のエンジンのブラウザだと対象文字の隣に括弧で読み仮名が出るようになっているらしい。

まあそんな感じで。

2005/10/06

取り敢ず

「取り敢ず生きた」というような一日。
私は実存していない。

2005/10/05

KORG Legacy Collention Digital Edition 使用感、☆無し、唯怒り

Legacy Collection、来た。
で、使ってみた。

ナニこれ、全然使えねー。
最悪だ。最悪だ。最悪だ。
KORG はミュージシャンシップを能く理解している(そして良い意味で商売上手)と思って信頼していたが。
駄目。全然駄目。こんな馬鹿なもの買っては不可ない。
こんな馬鹿を許してはいけない。
単に頭が悪いだけなら御愛敬、というところだが、この種の馬鹿は、許してはならない。

箱を開けるとUSBキーが入っていたので或程度嫌な予感はしていたのだが。
まあそんな馬鹿なことと思っていたら本当にそんな馬鹿やりやがった。
毎回のアプリケーション起動時に毎回必ずそのUSBキーで認証させなければならない。
認証自体はUSBポートにそのUSBキーさえ差し込んでおけば自動でやって呉れるし一度認証されてアプリケーションが立ち上がってしまえさえすればそのUSBキーは抜いてしまって構わないのだが、しかしその為にUSBポートを一時的にであれ一つ占有されてしまう。しかもその認証の所為で毎回立ち上がりが一々遅い。
で、ライブのときとかどうすんの。
えーっと?私のノートにはUSBポートは2ポートしか付いてないんですけど?
つまり?SONAR を立ち上げてシンセを立ち上げて、それからデバイス類を認識させろと?つまり SONAR のプログラムを書き換えて SONAR を立ち上げた後からでもデバイス類を認識させられるようにしろと?
或は別途金を出してハブでもかませろと?2000円くらい出せるだろうって?あなたソッチのカンケイのカタですか?或は只でさえ神経を使うラップトップライブに更にトラブルの原因を増やせと?
綾波でも「あんた馬鹿?」って言うぜ?或は言われてみたかったの?私は一寸言われてみたいぞ。実際には言われたら多分萌える以前に普通にへこむけど。
まあ違法コピー防止の策だって事は解る。
その為に無い知恵を絞りながら喧嘩売ってるんだな?「あなたは放っといたら違法コピーをするので多少の不自由は我慢しなさい。正規の製品は、金払えば、ほら、呉れてやってるじゃないか」?お客様は全く以って神様ではないがてめえも神様じゃねえ!
「苦肉の策」の「肉」は私の肉じゃねえ!勝手に私の肉のことにすんなよ。
或はアメリカのイラクへの先制攻撃の真似事ですか?身を呈して皮肉を言ってやろうと?ハッ、何て殊勝な心懸けだこって!でも私達を巻き込むなよ。
で、他の会社の皆がこんなことしだしたらどうする気なんだ?
わーい、皆で同じことすれば怖くなーい、グローバル談合万歳、企業倫理をぶっ飛ばせー、とかアホっぽいことでも言って私を楽しませてくれる?
将来のラップトップライブにおいては、PCには何重ものハブにUSBキーがズラッと刺さっていて、曲が変わるたびに認証エラーの「ボン」という警告音がライブハウスに鳴り響き、ステージの上で辟易する演者が観られるかも知れないね。あー楽しい。わーい、凄く音楽的なライブだ!ハッ!将来PCの処理能力が上がりホストアプリケーション上で同時に沢山のインストゥルメントやエフェクトをリアルタイムで使用することを見越した素的な戦略だね!糞喰らえ。

本当に、ミュージシャンのことを考えて設計していない。全然考えてない。
想像力の欠如。倫理学上の最大の問題。

他に違法コピー防止のやり方は他にある筈なのに何でこんな馬鹿丸出しのやり方なんだ。
「CD入れなきゃ使えない」ローランドのハイパーキャンバスより余っ程質が悪い。

せっかく良いシンセ作ってもこんなもんくっ付けてきた所為で全く使えない。
このシンセを作ったエンジニア達の努力は無惨にも蹂躪されました。あーあ。
ほんとうに KORG は今回馬鹿なことをした。
馬鹿一号。誰も奴の後に続いてはならない反面教師の役割を見事果たし切った。
だからもういいからこいつをどうにかして呉れ。
 

因みに KORG とは対称的に、素的なブラウザの Sleipnir 2.00 は正式版の候補版を一つ公開しました。
おお、漸く、という感じ。

お気に入りリンクの個別の設定が実装された。
1.66版のより、より詳細に設定できるようになっている。

2005/10/04

忙殺

明日の用意をかたかたと。
そういえば授業が増えて、明日も明後日の用意があるし明後日も明明後日の用意がある。
休んでる暇ねーじゃん。
あー。
普通の人よりは暇がある筈なんだけど。
何か忙殺されている気がする。
序でに言っておくと、この忙殺感は自分の不甲斐なさから来ているように思われる。

2005/10/03

ピックアップ

Legacy Collection 、明日あたりに到着することが予想される。
ドキワク。


それとストラトのピックアップをダンカンの JB jr. と '59 のハムバッカーのコンビネーションにするかフェンダーの Hot Noiseless にするか、迷っている。
ピックアップ交換の目的は、出力を上げること、ノイズを抑えること、ブリッジポジション時の音のショボさをどうにかすること、そしてあわよくばヴァリエーションを増やすこと。

単に「シングルコイルのサウンドが出せること」を求めているだけなら、ハムコンビにしてタップさせればいいだけなのだけれど、それだと多分タップしたときにパッとしない音になる可能性がある。
それにこれだとタップ時のノイズ問題も解決しない。まあタップにせずにシリアル/パラレルの切り替えにしてもいいんだけど、パラレル時のサウンドとシングルコイルサウンドは矢張り少々違うので、シングルコイルサウンドが欲しいときに困る。

然し Hot Noiseless だとハムサウンドは出せない。

或はブリッジポジションだけハムに交換するというのもあるが・・・。
でもどうせならフロントもハムに換えたいしな・・・。

うーん。

2005/10/02

テンプレ、アソシエイト

デザインを元に戻しました。
うーん、矢っ張りシーサーはテンプレの選択範囲が狭いし、而もダサいな。
まあ自分でhtmlいじるか一から組むかすればいいんだろうけど、面倒臭いし、矢っ張りテンプレは充実している方が好いには違いない。
私のように3カラム好きとしては、もっと3カラム系を充実さして欲しいです。
共有テンプレとか、シーサーでも始めないかな。

それから最近すっげー重くなってきた。


そういえば音楽レヴューの方、最近ノータッチになっている。
これでは私の「アマゾンのアソシエイトで本代を浮かそう」計画が成らない。
そろそろ何か書こう。
何にしようか・・・。
音楽の趣味が多過ぎるのは折に依っては問題にもなる。
こういうときとか。「好きな音楽は何ですか」と訊かれたときとか。
というかジャンルを意識して聴かないのが不可ないのか!
うひゃー、こいつはケッサクだ!
解って呉れとは言わないがそんなに俺が悪いのかララバイ!(故障気味)

2005/10/01

SONAR 5 日本語版のアナウンス

新居昭乃、11月23日、DVD付きのCDが出るようで。
セルフカバー集だそうで。
買うしか。


それから SONAR 5Cakewalk 日本サイトでも製品情報が漸くアップされた。

 

Windows XP x64 Edition 対応版も付いてくるらしい。
私のPCが64ビット環境に移行するのはまだ大分先の話になるだろうし、またその頃には SONAR も幾版かヴァージョンアップされているのだろうが、それでも何か嬉しい気分になる。
因みに SONAR 5 から32ビット環境でも64ビット倍精度浮動小数点処理は可能になるそうだけど。

それからVSTにネイティブ対応になった。
これで今までのVSTアダプターでは使えるように出来なかったフリーのVSTエフェクトやらVSTiなんかも使えるようになる・・・のかな?

またトラックビューでピアノロール表示ができるようになったのは、リズムパターンを、ループ集から持ってくるのではなくMIDIで打ち込んで一から組むことの多い(而も最近はリズムが結構複雑になる傾向のある)私にとって非常に助かる。

まあ、私にとって注目すべき点というのはそんなもん。

サウンドハウス→SONAR 5