2007/08/30

犯人の気持ち

最初は好かったのだ。
昔の知り合い--その人に私が多大な迷惑をかけたという思い出の所為で今日までもその人を思い出すと呼吸困難になるという、古い知り合い--が居た。
私はその人に気付いたが、気まずくて、気付かぬふりをしてその人のそばを通り過ぎようとした。
が、その人は私に気付き、また私が気付いているが気まずくて気付かぬふりをしていることにも気付いた上で、すれ違いざまに私の手をグッと掴むと同時に私に声をかけた。
私は非常に嬉しかった。
その人に罪滅ぼしの一つでもできるかも知れない。
またその人が私を覚えていて私に話しかけようとしてくれるだけでも嬉しかった。
私はその人の座っている隣に半ば強引に、然しできるだけ自然に滑り込んだ。
私はどうもこういったことが苦手なのだが、このときばかりは、宛も一生分の積極性を使ったかのように積極的だった。
私はその人が現在の私のことをどう思っているのか気にしながらも、興奮気味に、楽しくしゃべっていた。

が、他の何人かがこの二人の和を壊す目的で無粋に闖入してきた所為で、私の腹の底はドブリと黒くなった。

その後どうなったのか判らない。

気が付いたら、私は夜中の私の部屋の入口に居て、誰かを殺していた。
多分知っている人だ。
どうやって殺したのかの記憶は無い。
只、「今さっき殺した」という記憶がある。
発作的だったのだろう。
ヘンケルスの包丁が血糊でぬめり、確っかりと持てない。
逆の手には何故か柄を外して鉄の部分だけの懐刀を握っている。
非常に持ち難い。
これは夢に違いない、こんな展開になる筈がないと思い、無理矢理苦笑しようとしたが、包丁のぬめりが余りにリアルだったので、結局どちらか判らなかった。
私は追われたので、逃げた。
泣きながら、さっき殺してしまった人の名前を叫んでいた。
その人が死んだことがどうしようもなく悲しかった。
而も私が殺したのだ。
私は狂ったように泣き、その人の名前をわめいていた。
退役軍人みたいな好戦的な追っ手に追いつかれ、私は彼の脇腹にも包丁を突き立てた。
今度は意識ははっきりしていた。
意図して脇腹へ刺したのだ。
私は更に逃げてビルの廊下に出た。
もう一人追っ手が居る。
私は追跡者に「どうか私を殺して呉れ」とグショグショに泣きながら頼んだ。
また一方ではその追跡者は私に請われたところで私を殺さないだろうということも理解していた。
彼の使命は狂って前後不覚の獣をなだめすかして落ち着かせて生け捕りにすることであるようだった。
私は、ビルから飛び降りて死ぬという手もあった。
ワンアクションで超えられる柵の高さだ。
それが最も現実的な解決法だ。
死ぬしかないとしか思えなかった。
他の一切のことを考える余裕はなかった。
只死ぬ以外の選択肢は無いと思った。
が、死ぬのは只管怖かった。
私は一方で殺してくれと頼みながら、他方で追跡者が下手に近づけないように包丁を構え、飛び降りることが最善だと考え、また腹を括って死ぬ無鉄砲さも無く、只ぐずぐずと泣いていた。

というところで目が覚めた。
酷い夢だ。
勘弁して欲しい、私の脳味噌。