2005/11/30

生活リズム

生活リズムをつけましょう。
12時に寝て、8時に起きる。
8時間睡眠。
これで、そろそろヤバくなってきた心身、色々と良くなって呉れればいいのだが。
もう一寸快活な人間になりたい。

2005/11/29

マタイの受難曲

頭の働く憂欝より頭の働かない憂欝の方が苦痛は少ないのかも知れない。
と思ったが、憂欝の苦痛さ加減は、多分端的に憂鬱さ加減によって決まってくるのだから、頭が働くとか働かないとかは憂欝の苦痛さ加減には余り関係のないことなのかも知れない。
然し、頭の働く働かないは、憂欝の質には関係してくる。
ということで、今は頭の働かない憂欝。
従って今自分が何を言っているのか、自分でも余り明確に解っていない。
例えば「端的に」という言葉遣いがこれでよかったのかについて能く考えられない。
考えることが出来ない。タイプもよく打ち間違える。

陽のあるうちは、バッハのマタイでも聴きながら、日光が差し込んで、幸福だったのだが。
それから、メモによると、「世界は、概念的構造を持つような種類の「事実」の総体である」ということとクオリアとの関係について考えて、結局「矢っ張りここでもクオリアは要らない」という結論に至ったようで。
それからどうしたのか。
思い出せない。

寝よう。
ウィトゲンシュタインの日記でも読みながら。
就寝は、寝てしまうことにさえ成功すれば、今日という日を強制終了させられる、非常に素的なコトである。

ルートヴィヒな一日

このブログの左右の書籍に関する紹介の記事、最近読んだものの紹介というスタンスではなく、本当に私が好いと思っているものだけを特選で書くようにした。
左右の記事の更新頻度から考えると、その方が適切だと思ったから。
因みに画像をクリックするとアマゾンの商品ページへ行って、そこからアマゾンで買えるようにしてあるので。
で、誰かがアマゾンで商品を購入したら、アマゾンから私に、ようやった、と報酬が支払われるというスンポーで。


ジュンク堂をぶらついていたら、スーパー胸キュンなものを見つけてしまった。
『ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記』!
結構でっかい本なのに2000円!買うしか!
因みに訳は『ウィトゲンシュタインはこう考えた』の鬼界彰夫。
ウィトゲンシュタイン哲学の解釈者というよりは只のウィトゲンシュタインファンである私は、『反哲学的断章』も持っていて、例えば「ブルックナーは映画に合うけどブラームスは合わない」みたいな記述を見つけてそうだろうそうだろう能く心得ていらっしゃると、哲学に余り関係ないところでニヤニヤしたもんだが。
この『哲学宗教日記』は1993年に新たに発見された、1930-1932年と1936-1937年の日記の翻訳+αだそうである。
ペラッと見てみたところ、全体の半分のページ数が日記本体に充てられ、残りの2/3が非常に有用で丁寧な注(哲学的には、日記本体よりこの注の方が役に立つかも知れない)、その残りが訳者の解説となっている。
ヤバいな。時間あんまり無いのに読んじまいそうだ。

序でに、テイラーの本が売ってあり、テイラーはそのうちチェックしないとと思っていたので、余り所持金に余裕がない中で、思わず買ってしまう。
ローティがこの本の帯でえらい賞めていた。
因みに帰りに電車の中で一寸読んだが、未だ彼を評価出来るようなところまで見えていない。
まあ八割ローティニアンの私は、彼が賞めてるようなものについて、矢っ張り好いな、と思う可能性も高いんだろうけど。別にローティに無理して抗う理由もないし。無理して迎合する必要も感じないが。

それからクーリエジャポンも買ってみたが、あれ、期待したよりは、予想通り、良くなかったが、別に読むに値しないよ、とは言えない程度には読めた。期待と予想は別のものであるというところを見落とさないこと。
各国の記事の翻訳を載せているのだが、その国のメジャー処を集めているという感じで。ワシントンポストとか。タイムズとか。そういったクラスの記事を集めているので、まあ分かり切ったことだったのかも知れないが、私が欲しいバリバリのジャーナリズムに基づく情報は見受けられなかった。それに、当然のことながら、何を載せるかについてはクーリエジャポンの編集に懸かっている訳だし。世界を知るというよりは、或は世界に支配的な傾向を知るというよりは、編集者が読者に世界についてどう認識させたいかが解る程度なのかも知れない。
これならロイター通信の方が役に立つ。而も只。
英語圏に関して言うと、インターネットの方が役に立つ情報は余っ程多い。
但し私は英語も微妙な上、他の言語はまるで駄目なので、英語圏以外の記事は一寸は役に立ったのかも知れない。勿論役に立ってないかも知れないが。
兎に角、編集に「アメリカだけが「世界」でしょうか」と言ったことで背負う期待に応えられるだけの信頼性や内容はあるのかという問いに対しては、まあ残念ながら全くちっとも微塵も、と答えられるが、では、この編集はほんの少しでも信頼に足るものなのかどうか、という点に関しては、微妙なところで、判断出来なかった。
別に判断するまでもなく、大した内容を持っていないのだから、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが。


アマゾン→ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記―1930-1932/1936-1937
アマゾン→ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン 反哲学的断章―文化と価値
アマゾン→鬼界彰夫 ウィトゲンシュタインはこう考えた―哲学的思考の全軌跡1912‐1951
アマゾン→チャールズ・テイラー 「ほんもの」という倫理―近代とその不安
アマゾン→COURRiER Japon

2005/11/28

片付けられない男

私の部屋の収納力の範囲を超えつつある漫画、一生読み返さないであろうと思われるもの、段ボール一個分、隔離した。
従って段ボール一個分の収納スペースが、確保された。
然しそれでも尚本棚の一角を山積みになって占領し続けるあのジャンプコミックスどもをどうにかしないと。
然しハンターハンターも最近は余りパッとしないワンピースも、素的な漫画には違いないしなあ、と、片付けられない男の憂欝な午後。

あと、文庫本。こいつらをどうにかせねば。
京極夏彦のを買うようになって、あれは分厚いので、一気にヤバくなってきた。
今ばっと見渡してみたところ、三島由紀夫なんて、私は彼が嫌いなので、一生読み返さないと思うのだが。
桐生操も全然面白くないので、恐らくもう読まない。あんなもの読むくらいならならイェイツとか読むだろうし。
金田一耕助とかポアロとかも、犯人知ってるしトリック解っているし、恐らくもう読まないだろう。
乱歩とか夢野久作も一回読めば十分な感じだし。
こういう系統はもういいや。
でも京極のは、読み返したりしそう。
ポオも要るな。
文芸は、鏡花とか藤村辺りは微妙な。
独歩辺りは、手元に置いておきたい。
文芸系は結構残りそう。
哲学のは流石に置いとこう。まがりなりにも哲学やってる訳だし。
えーっと、ハーバーマス、デューイ、パース、プ・・・。
プラトン・・・。
ニ、ニーチェとかはちゃんと置いときたいと思ってるんですよ?

2005/11/27

創りませう

Pianoised
Pianoised

「一日仕事でお手軽アンビエントミュージック或はSEを創りませう」第三段。
ピアノのインプロで。
インプロは楽ネ。
音色を決めて弾いて、後からエフェクトをちょいとかけたりするだけ。
二時間もあれば全体の作業が終わる。

またもや音楽としての体を成すしているとは余り言えないような内容だが。
アンビエントっぽいのはもうこんなもんでいいだろう。
飽きてきた。
三曲アップ出来ればもう急ぐ必要もなかろう。
というか色々他にしなければならないことがあるし。

次は普通ので。

��2007/04/06追記:ここにアップした音楽は、自由に使って頂いて構いません。その際私に一言連絡する必要もありません。自由に引用したり、批判したり、改変したり、改変したのを他のところでアップしたり、公的な場で演奏したり、それを誰かに売ったりしたって一向に構いません。]

2009/06/03追記:
より態度を明解にする為に、上の楽曲はCreative Commonsライセンスを宣言します。
「帰属」のみです。
帰属というのはCCに拠ると:
あなたは他の人に対してあなたの著作物を――またそれを元にした派生作品を――複製・頒布・表示・上演することを認めます。しかし、その際にはあなたに対してクレジットを与えることを条件とします。
或はWikipedeaに拠ると:
その作品の利用に関しての著作者の表示を求める
ということですが、まあべつに上の楽曲の利用時に著作者(私)名の表示をしなくても構わないです。

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2005/11/26

マリーアントワネット

修士論文の発表を聴いてきた。
私も一年後このくらいのレベルの発表をしなければならないのかと今からビビっている。
よいしょ一割。本音六割。
ダークマター三割。
というか一月中頃に私も発表があるのだが。
未だ原稿に手を付けていないが、自由と決定論についてでもやろうかと思う。
やっとデネットさんの言っていることを理解したし。
ということで、公開処刑にならないようにする程度に頑張ります。

2005/11/25

もう嫌だ

書いたものが、今、消えてしまった。
沢山書いたのに。

2005/11/24

京へも行かず

朝、目が覚めて、何となく、紅葉の京にでも行こうかと思ったが、人多そうだし、面倒臭いので止めることにする。
じゃあ何処かお買い物にでもとも考えたが、余り自分の残り少ない財を削りたくなかったので止しておく。
ということで家でのんびり、パンなど食み、昼寝などし、夢見などする。
のんびりしている暇はない筈なのだが、大して頭も働かず、一日、のんびり、或は正確には、ぐったりする。
酒でも呑みたい気になったが、アセトアルデヒドを酵素で以って脱水素するまでが面倒なので止める。

人の曰く、我思う、故に我在りと。

我思い悩む、故に我実存せず。

2005/11/23

薄れ往く財

お買い物。漫画とCD。失われる金銭。

漫画。
『あおくび大根』
主人公が大根、という漫画。
そして別に大根でなくても良さそうな漫画。
因みにこの大根、わびさびを心得ているという噂。
噂は、あくまで噂。
『やさぐれぱんだ』
パンダと男がくだらない話をしているだけの、大体4コマの漫画。
遠回しに言うと、「面白い」とはどういうことかということを考えさせられる漫画。
より直接的に言うと、面白いのか面白くないのか判らない漫画。
『僕の小規模な失敗』
『まだ旅だってもいないのに』の人の。
著者自身の憂鬱な昔話。
因みに私は『まだ~』の方が好みでした。
その他に、ハガレン。
限定版に付いてくる4コマは、面白いので、限定版の方を買うこと。

CD。
パーセル。
彼は、イギリスのバロック音楽の人で、歌曲を沢山描いた人。
それからセリア。
ノルウェーの、ジャズ調のポップミュージック。


金がいよいよヤバくなってきました。
私は何人の諭吉さんを闇に葬れば気が済むのだろう。


アマゾン→やさぐれぱんだ
アマゾン→僕の小規模な失敗
アマゾン→あおくび大根
アマゾン→鋼の錬金術師 12
アマゾン→Silje Nergaard "Nightwatch"
アマゾン→パーセル

2005/11/22

蒲団

朝の眠気の抜け難い季節と相成り候。
朝早く起きて色々やるつもりで早めに目覚ましをセットしたが、起きあがって了うのに時間がかかり、結局いつもと変わらないぐらいになってからやっと、蒲団から脱出することに成功する。
そういう季節。

蒲団といえば花袋のモンモン小説。

蒲団の恋しかる季節と相成り候。


アマゾン→田山花袋『蒲団・一兵卒』

2005/11/21

Penrose

また「アップロードして楽しもう」のお時間がやって来ました。

Roger Penrose
Roger Penrose

またつまらぬものを作って了った。
お遊び程度。
またミックスも、ちょー適当だし。
つまらない曲にはつまらない名前を付ける。
ペンローズという人は、私にとって、「心」に関する彼の著作が「頑張って読んだけどパッとしませんでした」或は「つまらぬものに時間をかけてしまった」或は端的に言うと、「がっかり」の代表、という人。
因みに一応彼の名誉の為に言っておくと、彼は数学者としてはちゃんとしている人らしい。

ヒップホップのを練るのに飽きて、素材の一部を転用して、ぱぱっと仕上げてみました。
まあ一日でできるものといったら、こんな程度のものか。
こんなものなのか・・・。


こんなことしてるから為すべきことが何もできなくなるのだ。

��2007/04/06追記:ここにアップした音楽は、自由に使って頂いて構いません。その際私に一言連絡する必要もありません。自由に引用したり、批判したり、改変したり、改変したのを他のところでアップしたり、公的な場で演奏したり、それを誰かに売ったりしたって一向に構いません。]

2009/06/03追記:
より態度を明解にする為に、上の楽曲はCreative Commonsライセンスを宣言します。
「帰属」のみです。
帰属というのはCCに拠ると:
あなたは他の人に対してあなたの著作物を――またそれを元にした派生作品を――複製・頒布・表示・上演することを認めます。しかし、その際にはあなたに対してクレジットを与えることを条件とします。
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ということですが、まあべつに上の楽曲の利用時に著作者(私)名の表示をしなくても構わないです。

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2005/11/20

ヒップホップ

既に土曜も終わりか。
また何もできずに時間を諾々と無為に費やして了った。

一寸、ヒップホップっぽい曲を創ってみている。
今朝見た夢で、女の子達が彼女達のお気に入りのヒップホップミュージシャンが載っている雑誌を私に見せて、「こんな音楽どう思う?」みたいに訊いてきたので、私は「あー、どうせこんなのだろ?」と言ってパッとイメージしたのを聴かせたのだが(夢の中では、私は自分の頭の中の音のイメージをそのまま他人に聴かせることができた)、そのイメージしたものが意外にも格好良かったので、私は夢の中で(女の子達を打ち遣っておいて)そのイメージを膨らませていると、目が覚めた。
起きてからもそのイメージを覚えていたので、一応メモとして SONAR に打ち込んでおくことにした。
打ち込んでいるうちに、単に在り勝ちなヒップホップに終始するだけは面白くなくなってきたので、色々付け加えているうちに、曲として成り立ちそうになってきてしまった。
勿体無いのでちゃんと創ってしまおうかと悩んでいるところ。

2005/11/19

電髪、HMV、GNX

髪を切って、パーマをあてた。
ボサボサ系になった。

難波で、以前から狙っていた、中古のデジテックのマルチエフェクターのGNX-2が売ってあって、而もかなり安く売っているのを発見するが、現在の私には財布と相談出来るだけの財力も無く。
以後の機会に。

帰りに心斎橋に寄る。
久しぶりにHMVを覗いてみると、物凄くしょぼくれてしまっていた。
スペースの広いこと。
何故こんなに商品数を減らしたのだろうか。
あの場所から撤退するつもりなのか知ら。
数年前まではかなりお世話になっていた店なので、少し悲しくなった。

2005/11/18

クロマティ高校、まだ旅立ってもいないのに、サンレコ

漫画とサンレコを買ってきた。

サンレコは、チャーが表紙で。ベースを持って。

漫画、『クロマティ高校』、『まだ旅立ってもいないのに』。

クロ高は、まあいつも通りの素的さとして。

ジャケ買いで買った『まだ旅立ってもいないのに』が。
これは・・・。
ヤバい。
青春の苦しいいとこだけ抽出したような。無力な。
その幽玄っぷりは、漫玉級。


アマゾン→魁!!クロマティ高校 15 刑事編
アマゾン→まだ旅立ってもいないのに
アマゾン→御緩漫玉日記

2005/11/17

終わらぬこと

そろそろ寒くなってきた。
この身体は気温の変化は如実に影響するようにできているようで。
少し発熱する。
まあ生活に支障はない程度だが。
眠さと絡まって、微妙に浮遊感がある程度。
軟弱な肉体にゲンナリする。

で、ほぼ徹夜な感じで。
持ち前の集中力の無さで、明日の用意が終わらない。
大して面白くもないテレビでも観てニヤニヤしたり。
何となく本を読んでしまっていたり。
集中力と計画性が欲しい。
私に特に欠けているもの、言語能力、行動力、計画性。
その他、色々。

2005/11/15

また無為

眠くなった。
寝る。
眠いうちに寝る。

部屋の酸素

何もできず、只管ぼーっとする。
部屋の空気が底に溜っている。
空気の中に在っては、スピーカーから雑音ばかり流れ、音楽が流れない。
文字が見えるが、文章はない。
そこに在るべき有意味性を、溜った空気が全て吸収してしまう。
酸素が足りない。
動けなくなる。
酸素が勿体無い。
鼻から肺へ空気が浸入する。
横隔膜を使って肺から空気を出す。
然し次に吸う空気も鼻から肺へ浸入する。
沈み、溺れる。
部屋の空気にトプンと浸けられる。
有意味性が空気に溶け出してしまう。
何もできず、只管ぼーっとする。

2005/11/14

無為

何もできず。
どのようにして時間が過ぎたのか理解出来ない。

2005/11/13

初アップ

そっとしておいて呉給え。

音楽配信とやらをしてみたくなって、パッと創ってアップしてみました。
あんまり好くない・・・。
しかもアップロードする容量の上限が5Mまでだったようで。音質は悪いです。
degrade
セキュリティー設定の所為で見れない人は、→ http://omen.up.seesaa.net/musik/degrade.mp3
お粗末。

ということで別に聴かなくったっていいです。
アップ出来ただけで満足です。

��2007/04/06追記:ここにアップした音楽は、自由に使って頂いて構いません。その際私に一言連絡する必要もありません。自由に引用したり、批判したり、改変したり、改変したのを他のところでアップしたり、公的な場で演奏したり、それを誰かに売ったりしたって一向に構いません。]

2009/06/03追記:
より態度を明解にする為に、上の楽曲はCreative Commonsライセンスを宣言します。
「帰属」のみです。
帰属というのはCCに拠ると:
あなたは他の人に対してあなたの著作物を――またそれを元にした派生作品を――複製・頒布・表示・上演することを認めます。しかし、その際にはあなたに対してクレジットを与えることを条件とします。
或はWikipedeaに拠ると:
その作品の利用に関しての著作者の表示を求める
ということですが、まあべつに上の楽曲の利用時に著作者(私)名の表示をしなくても構わないです。

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2005/11/12

送別

チョムスキーが地団駄を踏む夢を見る。

また涙を流しながら覚醒する。
悲しい夢を見たのだろう。


陽が落ちて、東京へ出る人を送る送別会に赴く。
早めに家を出て、ジュンク堂が梅田のヒルトンホテルにできたのに寄ってみることにする。
ヒルトンホテルのロビーでハープとフルートのデュオが演奏しているのを聴きながらエスカレーターを上がり、5階のジュンク堂に入る。
ジュンク堂にしては結構狭かった。
会社帰りの人をターゲットにしているような印象を受ける。
特に買うべきものもなく、まあこんなもんかとひやかして、待ち合わせ場所に向かう。

送別会の出席者と合流し、少し酒を呑む。

2005/11/11

財力が削られていく恐怖

何となくカサビアンが聴きたくなって、買いに、タワレコに行く。
ケイトブッシュとボールドオブカナダとビョークを序でに買ってしまう。
ボールドオブカナダはそのうち買おうと決めていたのだが、ケイトブッシュとビョークは買わないつもりにしていたのに、何となく勢いで買ってしまった。
ビョークの、初回盤限定価格1980円というのが売ってたので、それで勢いづいてしまった。
他にも買うべきものは幾らでもあったように思うが。勢い、あな怖ろし。
財力が削られていく恐怖。
「所持金を考慮に入れて、目的の、カサビアンだけ買う」ということが何故私には出来ないのだろう。
いつも、あれもこれもと、そんなに欲しくもなかった筈のものまで買って、出費がかさむ。
要らないものを買わずに、財を温存して、「グードによるベートーベンピアノソナタ全集」みたいな高価だがどう考えたって欲しいものを買えばいいのに。
ジャケ買いとか衝動買いは、金の無いときは、自分が何を求めているのか分らないときとか、欲しいものは全て手に入れた後で更に新しい刺激が欲しいときにすればいいのだ!

まあケイトブッシュもビョークも、想像してたよりもまあ好かったので、今回は可として。
もう一寸不自然で「実験的」な感じになってるのかと思ったのだが。流石にそんなことはなかった。

因みに「実験的」ということに関して言うと、思うに、全く実験を経ていない、既に誰かのやったことの権威に毒されたように只何となく諾々とした態度で作られた、在り来たりの音の羅列の単なる一ヴァリエーションに過ぎないような、音楽として聴くに堪えないようなものの持て囃されることがある昨今、一方で、唯実験することのみに終始していて、兎に角実験精神に関しては賞賛に値する程力強いかも知れないが、音楽としての価値に欠けるものも確かにあり、またその音楽的価値の無さを打ち遣っておいてその実験性さえ十分にあれば、音楽なんてどうでもいいと考えている人達によって、宛も音楽として素晴らしかのように持て囃されるということも確かにある。推敲面倒い。つまり「実験」という言葉を付け加えれば何だって誉れ高いものとして許されるんだと考えている節のある人達が居る。また「実験的である」とか「難解である」という音楽に関する属性が、それ自身音楽の価値を高めるものなのだと思い込んでいる節のある人もいる。
こういった人達は「実験」という語の使用の仕方を(「実験」という語に何か全く新しい特別な意味でも与えているのでない限りは)端的に間違っているのである。
私が上で括弧付きで「実験的」と書いたのは、このような考えを揶揄してのことである。
私が音楽に関して実験精神を重んずるのは、その実験精神が音楽を、新しく、刺激的で、自分の表現しようと求めていることを巧く表現出来るようにし、より良くする、等々の場合があるからであり、音楽を自分がしようと求めていたように出来なかった実験は、無意味だった実験或は失敗した実験なのであるということを忘れてはならない。実験なんてお家でやって呉れ、と。芸術家が求めるべきは実験そのものではなく実験することで得られることが求められているような成果の方である。例えばこのような文脈において「芸術家は実験そのものを求める」と言ったとき、この文中の「実験」という語の意味するところは、一般的に使用されている「実験」という語の字義に反している。つまりこの文は、「実験」という語に事前に新しい(そして元の意味から掛け離れたような)定義を与えておくことをしないのなら、単にトンチンカンなことを言っているだけなのだ。


そういえば明日、梅田にジュンク堂の新店舗がオープンするらしい。
行かなくちゃ。


序でにSONAR 5のアップグレードの予約の受付が一寸前から始った・・・。
また金が・・・。
不具合修正パッチが出る頃まで、買うのは一寸待とう。


サウンドハウス→SONAR 5
ジュンク堂→ホームページ
アマゾン→KASABIAN
アマゾン→Kate Bush "Aerial"
アマゾン→Bjork "Medulla"
アマゾン→Boards of Canada "The Campfire Headphase"

2005/11/10

対立候補を設計する

受けた授業のアツさの影響で、哲学熱が盛り上がり、ヒュームの因果論を批判するにはどうするだとか、シガーロスはどのように駄目なのかについての記述の仕方だとか、新しい語彙の発明云々とか、決定論と自由とかの話をする。
帰りの電車で独りになって、『遠野物語』を読みながら、論駁し難い決定論というのを色々考えてみて、プラグマティックな態度を出来るだけ使わずにそれに反駁してみたりする(私の意識はマルチタスク)。
英雄になりたければ、自分の倒した敵の強さを誇張すればいいのだ。
神の素晴しさをアピールする為には最後に必ず神に負ける存在として措定されている悪魔を可能な限り強力なものとして措定すればいいのだ(by京極堂)、或は、アメリカの力強さをアピールするには実際の軍事力は中東の中で才弱クラスであったイラクを強大な驚異として宣伝すればいいのだ(例えばbyチョムスキー)。
ということで(?)論駁した物理的決定論に説得力があればある程、私の議論は誉れ高きものとなる、というスンポーで。
然し私が英雄や神やおさるのジョージと違う点は、物理的決定論を確っかり論駁し切れるものとして設計していないので、若しかしたら論駁出来ないかもという不安がつきまとうところ。


アマゾン→ハンス・アウグスト・レイ 『おさるのジョージ』(絵本)

2005/11/09

ストリンドベリが欲しい話

BOOK OFF で本を買った。ハードカバー。
BOOK OFF で漫画やCDじゃなくて普通のハードカバーの本を買うことなど殆ど無いのだが、京極夏彦のとかあった(定価の半額で)し、村上春樹のと柳田邦男のが100円になってたので、一寸買ってみても良いかなという気になった。
因みに私が今読んでいるものの一つに「圀」の方の柳田圀男のがある。『遠野物語』。民俗学文学(?)の古典。

そういえば、ストリンドベリのとか何処かに売ってないかな。
昔、岩波文庫で出てたやつとか・・・。


アマゾン→京極夏彦 『豆腐小僧双六道中ふりだし』
アマゾン→京極夏彦 『ルー=ガルー ― 忌避すべき狼』
アマゾン→村上春樹 『スプートニクの恋人』
アマゾン→柳田邦男 『犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日』
アマゾン→柳田圀男 『遠野物語―付・遠野物語拾遺』

2005/11/08

さよなら絶望

漫画を買った。
ナルトとワンピースと絶望先生。

ナルトとワンピースは殆ど惰性で買っている。

因みに同じジャンプコミックスのボーボボは、以前集めていたのだが、苦痛に耐えられなくなった。
蒐集癖のある私でさえ買うのを止めたぐらい、私にとっては読むのに苦痛を伴う。
一巻を読んだときは「おお、これは新しい!」と思ったのだが。

絶望先生は何となく買ってみた。
因みに私は『かってに改蔵』は読んだことないのだが。あれ描いた人らしい。まあ私は知らんのだが。
で、これが結構、ぼけーっと読むには丁度良いぐらいの面白さ。
私は漫画をぼけーっと読むのも好きなので、丁度良い。


アマゾン→NARUTO 巻ノ30
アマゾン→ONE PIECE 巻39
アマゾン→さよなら絶望先生 1

2005/11/07

実らず

色々してみたものの大した実りの無かった一日。
あー、眠くなっちゃった。寝ようかな。
酒でも呑もうかな。呑みたくないな。
少し眠ろうかな。

2005/11/06

陰摩羅鬼

「筋肉痛で動けず」の第二日。
本日の予定、本来なら大学の学園祭でも見に行き、序でに漫画でも買ってくる手筈になっていたのだが、筋肉痛が痛かったのと京極夏彦が面白過ぎて気が付いたら夜になっていた所為で、結局「学園祭行きます」という約束を反故にして了う。済まぬ。
まあ行ったところで、私の識らない人ばかりだろうし、イベント時のみ顔を出すような、よう識らん、何か「先輩」なる者が、のうのうと闖入することで場の和を乱すのは不本意だし、また場の和に悪い干渉を持たずにとけ込む自信もない、否、そもそもそんなこと恐れるまでもなく、私にはそんな存在感など無いのだから、居なくても・・・云々、と、言い訳になってない言い訳をしておきます。

京極堂シリーズ、面白いねー。
謎解き好きにはイマイチなんだろうけど。私は大分好きです。
段々、トリックに酔いしれッぽさ或は犯人当てクイズッぽさが無くなってきている。
私にとって、これはこれで好いこと。
因みに、今回は儒学をやるハイデガーなムイシュキン公爵みたいな元伯爵が出て来る話。
じゃあ京極堂はデリダ?


アマゾン→京極夏彦 『陰摩羅鬼の瑕』

2005/11/05

ストレッチマン

筋肉痛で椅子の上から余り動けず。
歩くにしても、奇妙な歩き方になる。
助けてストレッチマン!

然しストレッチマンは助けに来ないので、テレビでも観ながらぼーっと過ごす。

2005/11/04

サッカー、ティムバートン

スティーナを聴きながら北西へ向かう。

大学院の有志、数人、河川敷でサッカーをしてきた。
途中で、近くでボールを蹴っていた中学生くらいの少年二人を仲間に入れ、チームに分かれ、ミニゲームをする。
我々オジサン達は、先ず兎に角体力が無く、少年達に手加減して貰いながらもボロボロにやられ(私は少年達と違うチームだった)、それでも一応少年相手に守ったり攻めたりしなくてはならないので、私など何度も足が痙りそうになるのを適当に往なしながら、皆ゼイゼイ言ってやる。
首の筋肉が自分のイメージしているのより弱いので、首が十分固定されず、ヘディングの飛ばないこと。足首の筋肉も同様、カーブの曲がらないこと。

サッカーと極度の疲労を堪能し、夕暮れ、帰途に就く。
途中、極度の疲労にも拘らず、例の逆境好きな病の所為で難波にでも寄りたくなるが、特に買う物も無く、これといった目的が見出せなかったので止めておく。

帰ってきて、何か出来る筈もなく、映画など観る。
『ビッグフィッシュ』。ティムバートン。
ティムバートンのはどれも素的。ジョニーデップとのコンビのやつが特に。
何故なら私はジョニーデップも好きだから。『コープスブライド』も『チャーリーとチョコレート工場』も観たいぞ!
因みに『ビッグフィッシュ』はユアンマクレガーが出ている。
荒唐無稽なお話を自分の経験したこととして息子に語ってきた親父が「お話そのもの」になる話。その荒唐無稽なお話の内容を素的な映像にしてみせた、というところがこの映画におけるティムバートンの素的なところ。


アマゾン→Stina Nordenstam "the world is saved"
アマゾン→Tim Burton "Big Fish"

2005/11/03

デネットさん

物理的決定論、物理的決定論、物理的決定論、物理的、物理、物、ブツ、ブツ、ブ・・・。
やっぱ、私、あんまりよく解ってないっすよ、デネットさん。
ということで、既に何度もやり直したことをもう一度やり直す。
物理的決定論の話以降の話は大体解るんだけど、物理的決定論のところの話がよく解らない。
一番の問題は、私に物理的決定論についての興味があんまり無い、というところ。

2005/11/02

ピックなど

昨夜、眠い目を擦ってすべきことを終え、蒲団に入ると、これが眠れない。
朝までに音楽を沢山聴く。
フランツフェルディナンドは、あれは好いね。2曲目が好い。相変わらず私は3曲以上続けて聴くのは辛いのだけれど。
あと、シルヴィアンのカンファをヘッドホンで大音量で聴いたり。

朝になって授業に出かけ、ドイツ語の文法が読み取れず、すごすご帰ってくる。
帰りがけに弦とピックとエスカッションを買う。
弦はアーニーボールの0.10のセットと0.11のセット。この前間違って買って大量に(9セット)余っているアーニーボールの0.09-0.42のは、結局無理には使わないことにした。従って欲しい人には一杯のコーヒーと交換で。因みに綺麗な女の人限定。
ヤローは・・・面倒臭いから缶コーヒーでいいや。二本。
ピックは最近お気に入りの JAZZ Ⅲ の赤いやつ。黒いのとは、同じナイロン製の筈なのに、えらくトーンが違うのだが。それから JAZZ Ⅲ の XL series の赤いやつとも何か違う気がする。因みに黒いのはヘヴィーな音楽をやるときによく使う。
因みにジムダンロップの、JAZZ とかデルリン製のやつとか分厚めのピックはどうも裏表の貼り合わせがずれていることが多く、手に取って確っかり選ばないと不可ない。気にしない人は別にいいのかも知れないが、私のようにピックで音を変えるという目的を持っている者にとっては、通販なんかでは一寸買い辛い。
ピックに関して、私は他に Ibanez のポールギルバートのが気に入っている。1.00より少し厚い厚みや、弦のタッチ、速弾きだろうがカッティングだろうが幅広いプレイに使える点、ざらつかないトーンなど、私好みなのだが、如何せん摩耗が早い。ガンガン弾くと一曲弾いただけで駄目になる。その点ジムダンロップのデルリン製のやつは摩耗に強いのでガンガン弾くときに使える。
それから、エスカッション。SGに少し高めのやつを付けることにした。
これでもう少しカッチリ固定できるようになったのではないかと。


新居昭乃の新しく出るCDの、内容が発表された。→ここ
・・・殆ど知ってく曲ばっかりやん。普通のベスト盤みたいな感じだったか。
ということで3000円も出して買うものかどうか、迷ったのだが、そういえば初回盤にはライブのDVDが付いてくるのか。
くそー。やらしーなー。買うしかないのかー。
輸入盤とかないのかな(反語的)。

2005/11/01

眠くなることについて

眠い・・・。
夜ちゃんと眠くなることは私にとって普段はまあ好いことなのだが、すべきことをやってるときに眠くなるのは余り素的なことではない。

素的なこととは。
20世紀少年