2008/07/23

デカルト劇場

「デカルトの密室」(→Amazon)読み終えた。
なんつーかな・・・。
文系攻殻機動隊、という感じか。

あ、あと師匠から貰ったデカルトの研究書をちゃんと読もうと思った。

以下苦言その他は「続きを読む」で。



余りネタバレしないように気をつけてぼかして書こう・・・。
思想的には、一見デネットの「解明される意識」(→Amazon)辺りを下地にしているように見える。
それを小説仕様に曖昧にぼかした感じ。
でも伝家の宝刀「志向的スタンス」は出てこないし(まあ出てくれば問題が余りにあっけなく解消されてしまうので小説にならないだろうが)、「多元的草稿モデル」っぽいものは出てくるが違うし、「物語的重力の中心としての自己」らしいものも出てくるがよく見ると違うし。
私の思い込みかも知れない。
まあこの辺り「自己」とか「心身問題」とか「物理法則と人間の自由との関係」とか私の学生時代の専門分野の一つだった訳で、まあそれなりに語れることもあろう。
で、最後の方に「物語的重力の中心としての自己」の代わりに、構造主義の流れを汲むポストモダンの「物語論」っぽいのが出てくる感じ。
而も、「超越論的統覚の物語版」とか「「私」物語の生成装置としての「私」」とかというよりは寧ろ、語られた物語そのものが自己であるとして、更に生物学的自己とかの「自己」の他の記述の仕方を拒絶する感じの、サルトルを連想させるようなかなりラディカルなやつだ。
まあこの種の「物語論」は私もあんまり勉強しなかったので教科書程度以上のことは能く解らんが、普通この種の「物語論」はもう一寸緩やかなものだったと思う。
因みにあと「物語論」と言うと、倫理と相性の良い、より「社会」とか「歴史」というような視点を大事にする種類のものも哲学の議論には存在する。
これは結構面白い。
あとはまあ、臨床系の心理学の、社会構成主義の流れを汲む「ナラティブセラピー」とかもあるねえ。
これの「物語論」は似てるようでそれぞれ一寸ずつ違うので、興味のある人は比べてみたり統合してみたりすると面白いと思う。
で、その「物語論」から「自由」を抽出しようとしているのだが、これにまるっきり失敗しているのに宛も成功したかのような感じで終わるので、読者は何だか能く解らず頭がホワホワしたまま置いてけぼりを喰う感じ。
あと「どうして人を殺してはならないのか」とか「何故そのルールを守らなければいけないのか」とかの問題に対して非常に短絡的で危険な考えが、それらの問いへの解答として提示されていて、それで良しとされている。
こういう感じで、この小説の最後の方は怒濤の迷走っぷりだ。
広げた風呂敷を畳むそぶりを見せて畳まず、畳んだつもりになって終わってしまった。
がっかりした。
結局何だか判らないまま、事実を事実として淡々と受け入れさせて終わってしまった感じだ。
あと不自然でおかしなところも色々ある。
例えばカードの実験とか。
反応速度の違いが余りに不自然だし、それを社会性の問題に帰すのは物語の設定上おかしい。
あと「中国語の部屋」の「量の問題」とか。
処理スピードの問題を、単に量の問題を解決するだけでは(まあ或程度緩和はできるにせよ)解決できないのは明らかだし、若し量を増やすことを選ぶなら、一つ一つのノードはシリコンチップではなく人間であることに注目すべきだし、あとノード間のネットワークを適切な仕方で構築する必要がある点とか、それぞれのノードは全体が何をしているのか知らなくても良いという点にも注目すべきだ。
こういったことをこの物語の主人公である優秀なAI設計者が気付いていないとは一寸考え難い。
・・・とか色々。
帯に「心という永遠の謎に迫る」とか「文芸の境界を軽々と乗り越えた小説」とあったので、「新しい概念が文学の側から提示される瞬間が観れるんじゃないか」とか「文学が哲学や一般的に受け入れられいている諸概念をひっくり返す瞬間が観れるんじゃないか」と期待したが、そうでもなかった。
そういう意味では文芸作品とか、或は普通に哲学書読んだ方が役立つ。
初めは「心の哲学に興味を持った哲学の大学一回生とかが入門書代わりに読んだらいいんじゃね?」と思ったが、やっぱ普通に新書の良いやつとか、少し頑張ってデネットとか読んだ方がいいだろう。
デネットは読むのに5倍の時間がかかるだろうけど(解り易いけど兎に角量が多いので。あと値段が高い)、読めばものになるし(中には私のようにあんまりものにならない人間も居るが)、反対するにしても反論のし甲斐がある。
「デネットは、「物語的重力の中心としての自己」の議論においては「自己」の社会側からの圧力の影響をもっと強調すべきだ」とか。面白いんじゃね?
詰めが甘い感じで読後感がふやけている。
まあ所詮はエンタテインメントとしての「推理小説」だったか。
少なくとも「心という永遠の謎に迫る」ような書物として読むべきではないことが判った。
然し「ロボットが心を持ち得る」ということが指し示さんとするところの具体的な像を描いたことは評価できる・・・んじゃないかと思う。
まあ真面目なヒューマノイド小説の半分はそうなんだが。
あと半分は攻殻機動隊で謂う「ゴースト」が邪魔をする。