2021/07/31

私的言語メモ

私的言語メモ:
あなたが私を理解できないのは私が他人に理解できるように書いていないからで、ヨシンバ理解できたと思ったとしてもそれは私が書きたかったことではないに違いないのだ、というメモ。

最近の、思い付きでメモったけどうまく整理できてないヤツ。
まあ私は何かをうまく整理できたタメシが無いけれども。

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アイディア:多重政党制
目的:反権威主義。その手段として、政党というもの維持しつつその権威主義的性格と束縛を「軽く」する。強いリーダーシップ?犬に食わせろ。
下記の例の条件:日本、国会
今のまま、間接民主制。議員制。議員は立候補者に対する国民の投票で選出される。
立候補者は必ず3つ以上5つ以下の政党に所属せねばならない。無所属は認められない。
議員は定数2000人程度。
いずれの政党も定数の1/3を超えてはならない。
各法案毎に小議会が設置され、議員は各自の能力に応じて幾つか掛け持ちで小議会に所属する。
・・・的なことがまずゲームデザイン(?)として成り立つのかどうか。

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どうにかして選挙に(少なくとも立候補して選挙活動をするのに)金が掛からないようにしなければならない。

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弱肉強食風社会進化論-自己責任大好き新自由主義的世界観に基づいた少年漫画みたいにマッチョな(特に経済)政策論というのも、以前程は持て囃されてはいないように感じる。
丁度峠を超えたぐらいか。なのでまだまだ警戒すべき対象ではあるけれども。
次に来そうなのは、合理主義の皮を被った功利主義のように思える。

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人は見た目で判断する、という事実を受け入れましょう。
そしてその事実を意識的に利用して、「効率の良い」見た目でいましょう。
というような言説は、
人はを見た目で判断する、という事実を受け入れましょう。
従ってあなたも人を見た目で判断しましょう。
という言説と、一見すると違っているように見える。
勿論、同じものである。

日本において、特に政治、教育、マスメディアから、人権の軽視や差別が少しも減らない原因の一つ。

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現実を見ろとか言っちゃう「現実主義者」というヤツは、その「現実主義者」が見えてる現実だけ見ろ、私が見えてないものは見るな、と言っているに過ぎない。
現実主義とは自分の視点に立つことを他者に強要し、それ以外の視点を排除することを、なんかカシコのフリして合理的っぽく言うことである。

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喉元過ぎれば熱さを忘れる。
うん、忘れて来てた。
特に近年、安倍晋三から菅義偉まで、そうでもせんかったら逆に日本でも滅ぶんかという勢いで只管忘れ続けて来た。
イヤお前どんなけ胃強いねん・・・と思ってら胃が爛れてしもとることが能く解ってないだけか。

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プラグマティズムにおいて全体論、若しくは全体論風の論調(或意味は他の意味に依って相互作用的に成立する、的な。意味のネットワーク主義)を採らずに意味(特に言葉の意味)というものを成り立たせることはできるのか。

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「ヒッグス粒子の存在が要請されている」ということと「ヒッグス粒子が存在している」ということとの間には存在論的価値の大きな差があるということは、多くの人にとって判り易いかと思われる。
これは次のように一般化できそう。
「~の存在が要請されている」ということが正しいとする場合、それが存在するということを要請している、その要請の理由が、それが存在しているという事柄の真実らしさを支える土台である。
併し「~が存在している」ということが正しいとする場合、それはその使われ方で使われるような「存在している」という言葉の使い方自体も、それが存在しているという事柄の真実らしさを支える土台となる。

この存在論的価値の差はよく見落とされがちで、或モノの存在が要請されるという事実を以てそれが存在しているかのように扱われることがある。

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或人物の道徳哲学の議論のパターンは、その人の言語についての哲学的立場から大筋で導き出される感じがする。

2021/07/29

紙の本を読もうキャンペーン

最近トンと本を読まない。
電車の中で Kindle Ultimate の実話怪談本を読む程度。

因みに私は怪談好きではあるが、所謂オカルト的なモノとか超常的なモノがそれ自身として実在しているとは全く思っていない。
然し或状況についての或人の率直な記述が怪談として成立するような性質を持つということの、その背景や過程には興味がある。
単に作り話や枯尾花ってことも当然あるんだろうけれども、それだけじゃなくて、大きく言えば社会的状況や語彙が記述方式を方向付けてるんじゃないかとか、或はもしかしたら例えば同じものを見ていても、或一定の磁場やら或種類の黴の胞子やらの物理的な何かが或感受性を持った人間や或状況下にある人間にはそこそこ再現性のある形で、然し他の多くの人と違った形で記述される傾向がある、みたいなことがあるんじゃないかとか。
或はギターを掻き鳴らした音が楽器経験者にはAmコードに聞こえても楽器を弾かない人には只のギターの音にしか聞こえないような感じだったり、同じ和音でもジャズ畑の人が記述するコード名とクラシック畑の人が記述するコード名が違ったりとか、そういう或一定の社会の中で強化/教化された感性みたいなのが影響してるんじゃないかとか。
なんかそんなことが色々想像できて面白い。
私はそれを勝手に民俗学的興味と呼んでいるのだけれども。
なのでどちらかというと、「視える」人の語る怪談や人を怖がらせようとしている怪談は、まあ嫌いではないけれども、特に面白いと思うことは少ない。
特に私は恐怖心が壊れてしまったのか、映画でもジェイソン的な何かがゥワっと出て来ればビクッとはするだろうけれど、怪談で怖いと感じることはもうないようなので、只「怖い」怪談は私には面白くない。
「幽霊なんか信じていないけど一度だけなんか奇妙な体験をしたことがある」とか、遠野物語的に「こんな奇妙な言い伝えがあるんだけれど」みたいなのが美味しい。

あと実話怪談本は、大抵1冊に何十話か入っているので1話1話が短くて、電車で読むには丁度良い。

因みに便所にはトランジスタ技術(雑誌)と、ガチのオカルト学本が常備されている。
ガチのオカルト学を学ぶのは、一つには、民俗学興味から。
あと「オカルトを信じない」と言うにも、信じないモノの範囲を自分で或程度コントロールできるようになる為には、その信じないものについての知識も幾らかは必要なので。
「ダーウィン的進化論も現代貨幣理論もイェツィラーも概念枠もフロイト的精神分析もフライングスパゲッティモンスターも科学的価値は等価」とか誰かが言ったときに、ちゃんとイチイチツッコめるようになる為。

まあサテ置き。
本を読まなくなったという話。
良くないわなぁ。
特に紙の本は全然読んでない感じがする。
元々、私はそんなには本を読まない。
家にはそこそこの量の蔵書があるが、買ったものの殆ど手を付けていない本もかなりある・・・。
私には一人だけ、師匠と呼ぶ人が居るのだけれども、何年か前に出たその師匠の本も、開けば色々と考えてしまって一向に進まないので、私の頭の調子の良いときに読もうと思って、然し私の頭の調子の良いときなんてそんなものは存在しないので、結局ずっと机の上の手の届く場所に放ったらかしになっている。
非常に良くない。

ということで、紙の本を読もうキャンペーン。
蔵書を消化していきたい。
あとなんか本を読まなくなると、私は普段から基本的に何も考えていないので、私の頭が悪くなっていくスピードが増すような気分になる。
芥川龍之介ならトックの昔に自殺している唯ぼんやりした不安よ。
私は元々からして頭の方がよろしくないので自殺せずに済んでいるだけよ。

で、まあリハビリは必要かなと。
なんとなしに、リハビリには探偵小説とか怪奇小説なんかが良さそうに思える。

Amazonを開くと三津田信三の新刊がオススメリストに表示されていた。
興味深いけれども、でも三津田信三は分厚いからなあ・・・過負荷なリハビリになりそう。
と思って書架を眺めていると大分昔に買った三津田信三の短編集の「赫眼」が目に付いたので、取って読むことにした。
なんか痒い所を掻いてくれない感じの表紙が気に入っているんよね。
一度読んだ筈なんだけれども、内容は結構忘れている。
割と「怖い」部類の作品なので、怪談的恐怖心が腐って了っている私にはどうかと思ったのだけれども、今のところ結構楽しむことができている。

2021/07/21

胡麻の油と農民

職員室で、「指導の一環」として私に対して私の友人をどつくことを強要した教職者達、それに「イジメに対して沈黙は加害者と同義」とか言いながらもその場に居て何も言わなかった教職者達、お前らは私の「法律が許せば社会が許さなくても復讐する」リストに入っているからな。
少なくとも「カルネアデス的状況では最初に海に投げ込むべき」リストには入っているかんな。
復讐は何も生まない?知るかボケ!

けったくそ悪いことに、やられた方は一生覚えているものだ。
やった方は忘れるそうなので、私もどっかで一生覚えられることをやらかしているに違い無いが・・・。

コーネリアスは、アレはまあ駄目だとして、彼の学生時代の暴力についての話とそれについての現在の諸議論は、(色んな問題が内包されているけれども)例えば日本において学校という社会の中で子供が置かれている環境が劣悪であるということを思い出させる。
少なくとも私の頃は確かに劣悪と言うに相応しかった。
今は多少マシという話も聞かないではないが、本当のトコロは私は知らない。
例えば今だにアホで不条理で差別的な校則なんかが存在することが許されている所なんかを見ると、根っこの部分はあんまり改善されていないんじゃないかなあと、ぼんやりと疑ってはいるが。

学校という社会における学生間の、特に暴力に関する振る舞いは、よく「社会の縮図」みたいに言われる。
然し一口に「社会」と言っても色んな側面を持っているので、適用範囲が大き過ぎてそれが合ってるのか間違ってるのか判らなくなる。
学校社会における学生間の暴力的振る舞いについては、私の学生の頃の経験からすると、実際には教職者-学生間の不条理で暴力的な面子主義/権威主義的構造が学生-学生間に落とし込まれて適用されたものとしての側面からの方がよく説明できそうに思える。
面子/権威主義が役に立たないばかりか害悪でしかないことは、国会議事堂の辺りを眺めてみれれば瞭然とご理解頂けると思う。特に今は解り易そう。

私の子供の時分には、大人は何も解ってくれない、といったような文言が流行していたが(実際にそんなこと言ってる子供を見たことが無いが)、実際に大人になってみれば、大人がそもそも何かを理解しようとしているなんてことは無いということは、大人な皆さんの能く知る所と思われる(し、実際は子供でも知っている)。
特に想像力の行使は対象との同化や承認であると思い込んでいる大人の皆さんは、只そっと胸に手を当ててみるだけでいい。
そうでなくても大人とか云う連中、あいつらなんか忙しいそうにしていて、全然周りも見えてないし、自省したり何か新しい考えなんか取り入れる暇も余裕も能力も無いんだ。
あいつらを追い込んだって能率は下がるだけだし大したものは何も生まれる訳が無いのに、未だ日本では「胡麻の油と農民は」の根性が抜け切っていない。

私は個人的には私の識っている若干名に関して海に投げ入れても刑事的責任を問われない状況なら努めて投げ入れることに決めているけれども、例えば教育の改善だとか学校社会内における暴力を減らす対策の結果として現職の教職者の労働環境を更に悪化させるのは只々阿呆だと思っている。

誰かを追い込むような社会的構造を作ったりそれを容認したりしてたら、結局回り回って自分とか自分の子供が割を食うことになる。

2021/07/18

血を抜きたい

鋼のマトモな出刃を買って以来、ここ何年かは魚料理もそれなりにするようになった。
それまでは精々鯵とか秋刀魚とか鰯とか、丸魚で買う場合は出刃でなくても扱える魚を買うぐらいの感じだったし、それもそんなには頻繁に魚を買うことも無かったし。
最近まで魚の解体スキルを上げていたので、どんな魚でも3枚おろしにして刺身にしまうことを常としていたのだけれども、そろそろ私の解体スキルもまあそれなりに使えるようになってきて、わざわざ解体スキルを上げる為に買った魚を刺身にしなくてもよくなった。

つうことで、解体スキル以外の他の魚系スキルを上げ中。
煮るとか焼くとか蒸すとか、骨のままの方が旨味が出そうな料理は最近やっとスキルを上げ始めることができるようになった。

あとは血抜きを色々と試している。
津本式ってヤツ。
YouTube を見て、真似している。
道具はそれっぽいヤツを monotaro で揃えた。
本来は水揚げされた市場からさっき買ってきましたぐらいの鮮度の、状態の良い魚を血抜きすることで腐敗を防ぎながら長期の熟成を可能とする、というような趣旨の技法なんだろうけれども、そもそも私が手に入れるような魚はスーパーの売れ残りぐらいのものなんで、鮮度も状態も悪い。
血も大抵凝固しているし。
而も私の住んでいる北大阪のスーパーは、大抵鮮魚コーナーが壊滅的でお馴染み。
比較的マトモな魚が手に入るのは私の生活圏内では1件だけ・・・。

そんな魚を買ってきて血抜きしたところで大した結果は得られそうにはないけれども、それでもちゃんと血を抜けば、確かに魚が多少長持ちするように思える。

でもなんか血を抜いてしまうと、なんか独特の「血を抜いた魚」の味や匂いになってしまう感じはある。
魚に拠っては「血の旨味」みたいなのが抜けてしまう感じもあるし、特に3日以内ぐらいで消費し切るのであれば、なんでもかんでも血抜きすればいいというものでもなさそう。
あと刺身で食べる場合、或程度の日数寝かせると身も柔らかくなってネトッとして、この歯触りが私は余り好きではない。
これを避けようとして結局大抵の魚は血を抜いても3日ぐらいで食べてしまう。
血を抜かなくても塩を振るなりピチットするなりしてケアしてやれば3日ぐらい普通に保つし、余り血を抜く利点が無い。
つうことで、私が手に入れられるぐらいのショボい魚に関して言うと、なんでもかんでも血抜きすればいいというものではない、ということを、最近学んだ。
スーパーの売れ残りの魚でも血を抜いた方が旨い魚もあるし、血を抜いて更に長めに寝かせた方が旨い魚もあるので、まあ臨機応変て大事よね。
と、いう話さ。

2021/05/23

Ibanez S フレット交換

Elixir Optiweb の 0.010 のセットの在庫が残り 1セット になったので、今のうちに買い足しておこうかと。
弦の在庫が無いという意識があると、弦交換すべきタイミングで弦交換を躊躇してしまうので、在庫は多めに持っておくことにしているのだ。
ということで 2セット 買った・・・と思ったのだけれど、届いたものは 0.009のセットだった・・・。
注文履歴を確認すると、間違って注文してた。
なんか最近私こういうの多い気がする。
つい最近も Amazon の定期便の調整をすっかり失念していて、今特に必要でないものが大量に送られてきたばかりだ。
もうボケてきたのか。

つうことで、0.009 のセットが大量に余ってるよ。
腐るものでもないけれども、でも早く使って行きたい衝動に駆られないでもない。

Ibanez の S421。
フィクスドブリッジ、24 フレットで、安かったヤツ。
今まで色々と改造を加えてきたけれど、フレットが Ibanez のコレ系にしては低くて気に入らなかった。
最近フレット交換にハマっているので、コイツの弦、0.010 が付いてたのを 0.009 に交換する序でにフレットも交換してやろうかと。

JESCAR の #58118 ニッケルシルバー。
Jim Dunlop 換算で #6000 ぐらい。
高さ 1.47mm のスーパージャンボフレット。
フレット自体の硬度もあるし金属の質量も増えるので、音は結構硬くなる。
けど弾き易くなるし、フレットの所為で音が変わったところでどうということはない安いギターは、もう全部コレに打ち替えてやろうかと思わないでもない。

フレット交換して、最小限で磨り合わせてナット下にアルミの下駄履かせて弦張ってみたんだけど、なんか変なシャリシャリ感があるしなんか指先が引っかかる感じで弾き難さを感じる。
なのでもう一回ネック外してガッツリめに磨り合わせたらシャリシャリ感も弾き難さも結構解消された。
フレット磨り合わせは最小限で済ますより結構ガッツリめにやった方がいいのかね。
確かに以前、思いの外ガッツリ削ってしまったと思ってた Steinberger Spilit は弾き易かった。
見た目的に結構ゴッソリ削ってしまったと思っても、測ってみると意外と 0.05mm ぐらいしか削ってなかったりするっぽいし。

フレット交換が完了するまでは元々付いてた弦を使いまわして、完成した時点で弦を新品の 0.009 のセットに交換した。
つうことで、0.009 のセットの在庫を 1セット 消化することに成功した。

次は Squire Duo-Sonic かと思ったけど、今見てみたらまだ結構イケそうなので、他のを。
Gibson SG が、大分昔、当時大阪で一番広告を出してたリペアショップに頼んでフレット交換したのだけれど、今より高さのあるフレット付けてくれって言ったのに出来上がったものを見ると全然高さが変わってなかった、というモノがある。
それもフレットが幾らか削れてしまっている。
Gibson ES-339 を買うまで長い間私のメインギターだったもので、Ernie Ball をサビサビのクタクタになるまで使ってたような時代が長く、その分削れも大きい。
金銭的な面から Elixir を使うようになってからは多分削れも減ったと思うのだけれど。
イッペンこいつを換えてみようか。
高いギターだしバインディング付いてるヤツはやったことないけど・・・。
でもコレに JESCER は硬過ぎるかも知れない。
或は Fender Japan のミディアムスケールのストラトとか。最近殆ど使ってなかったけど。

2021/05/08

Danelectro Shorthorn のフレット&ブリッジ交換

他人には全くオススメできないでお馴染みの、Danelectro の Shorthorn の現行バージョンである所の 59M NOS+、値段の割に仕上げが若干甘めとか加工精度がイマイチとか使ってる部品のクオリティが糞とか、気に入らない部分は多々あるけれども、色々改造して音的にはまあそれなりに気に入って使っている。
コレのフレットを背の高いヤツに交換したろうと思って放置していたもの、遂に手を付ける。
元々のフレット高が 1.0mm 程度。
これを JESCER の No.58118(ジャンボフレット)のニッケルシルバーのものに交換する。
高さ 1.47mm あるので、すり合わせをしても 1.4mm は残る感じ。

フレットは以前 Steinberger Spirit をリフレットしたときの余りである。
Spirit は本当は 24フレット + ゼロフレット で 25本 必要なんだけど、私は 24本 セットのものを買ってしまい、後でゼロフレットの存在を思い出してもう 1本 の為にもう   1セット 買わなければならなかった。
その残り 23本 を今回使う。
59M が 21フレット なので 2本 余る。

あと序でにバダスもどきのブリッジも気に入らないので交換する。
Montreux のバダスタイプに交換するのが正着なんだろうけれど、59M ゴトキに 10,000円 は高いので、信頼と実績の GOTOH の 510UB にする。
510UB の画像を見た感じ、ケツ部が長いので 59M のブリッジ部のザグリ部分がエンドピン側に不足しそうに見えるけど、最悪ザグリは削り直してしまえばいい。
或は面倒臭そうなら Epiphone の Les Paul SL に付いてきたラップアラウンドブリッジを転用してもいい。

つうことで、作業に取り掛かる。

ネックを外すと角度調整用のシムが 2枚 重ねてあった。
プラ版と厚紙・・・。
どんなクオリティコントロールやねん。
そういやボリュームの高さ調整もガバガバのナットを挟み込んでただけだったし。
まあ兎も角ブリッジをバダスタイプより背の低い 510UB に交換するならこのシムは必要無い。
あとコイツの所為でリアピックアップの高さをめっちゃ上げなくてはならなかったので、無い方が良い。

フレットはマイクロニッパーで挟み込んで浮かせてから喰切りで更に浮かせて抜く。
喰切りは TTC の EN-165S を無加工で使っている。
刃をフラットに加工すればヤスリ仕事が減って楽かと思うが、そうすると刃の耐久性は落ちそうで私はやってない。他でも使いたいし。
フレットが抜けたら細工ノコで溝の樹脂とかを掻き出しておく。

指板サイドを養生し、フレット抜いたとこに出るササクレを押さえ込んで、溝に瞬間接着剤を流し込む。
ササクレを補修しつつ溝の強度を上げる。
瞬間接着剤は幾つか試した感じ、アルテコ 711 が一番良かったかな。
他には Loctite 420 とかアロンアルフアの釣名人とかも低粘度で木材への染み込みは良い。
釣名人は 2g 入りで 300円 ちょいだけど、アルテコ 711 とか Loctite 420 は 20g で 700円 ちょい。
ギター 1本分 だけなら釣名人でも足りるかも知れないけど、他にも使うなら 711 とか 420 がお得。
木部のネジ山に染み込ませてネジ山を強化するのに使ったりするし。
余ったら冷蔵庫で保管すればそこそこの期間保つし。

瞬間接着剤が完全に硬化したら細工ノコで余分な接着剤とかを取り除く。

トラスロッドを調整してネックをできるだけストレートにして、HOSCO の R14" のサンディングブロックを使って指板の面を出す。
フレットのタングをネック幅から 1-2mm 程度オフセットするように切って、フレットを打ち込み、喰い切りでフレットの端を大まかに切り揃える。
フレットが打ち込み終わったら指板を養生してヤスリでフレットエンドを整形する。
再びトラスロッドでネック調整して HOSCO のサンディングブロックに#800~のサンドペーパー付けてフレットすり合わせをする。
すり合わせできたらサンドペーパーとかスポンジヤスリとかでフレットのクラウンを整形する。
フレットが整形できたらコンパウンドで磨く。

フレットが完成したらフレットも養生して、指板サイドに残った溝をエポキシで埋めて、刷毛塗りのクリアラッカーで塗装し、完全に乾燥したらサンドペーパーやらコンパウンドやらで磨く。

指板がなんかめっちゃ乾燥してるような感じに見えたので、レモンオイル・・・は無いから食用の太白胡麻油をウッスラ塗っておく。

フレットの背が高くなったので、ナットも高くしなければならない。
59M はアルミのナットをネックにネジ留めしてあるので、一旦ネジ穴をエポキシで埋めて、ナットの底に T0.5 のアルミ板を瞬間接着剤で貼り付けて下駄を履かせる。
ネックを取り付けて、元のブリッジ + 元の弦を仮で張って、ナットが良い感じの高さになるようにヤスリでアルミ板を削る。
高さが決まればタイトボンドを少量塗ってそのままネジ留めしてしまう。
古いブリッジと弦はもう要らないので外しておく。

ブリッジ。
510UB を載せるつもりだったけど、木加工がメンドくなってきて Amazon で 1,800円 ぐらいの Musiclily とかいうトコのオクターブ調整できるタイプのラップアラウンドブリッジを、めっちゃ迷って買う。
こういうのは有名所の OEM 供給元だったりしてちゃんとしたモノだけど安いという場合もあれば、何も解ってない人が唯見た目だけを真似て作った真正のゴミを売ってる場合もあるからなあ・・・。
あと Amazon のレビューは何の役にも立たない。
届いたので見てみると、なんか切削屑の上からメッキかけてる感じだしタップのバリもそのままだし・・・。
工業製品としてのクオリティはウンコ。
取り付けて弦を張ってみると、スタッドとブリッジの遊びが大き過ぎてブリッジのケツが浮いた状態になる。
そうするとブリッジの駒に弦が接触せず、オクターブ調整ができない。
59M は Les Paul Special とかと違ってネックの仕込み角が無いので、スタッドの方向と弦の方向が垂直に交わる感じなり、ブリッジのケツが浮くと駒に弦が接触しなくなってしまう。
つうかこの浮きだと Les Paul Special のネック仕込み角でも厳しい気がするけど・・・。
あとこの 59M のスタッド自体が、加工精度悪過ぎて垂直に入っておらず、片方が若干ネック側に倒れているのもある(なので弦高を上げると音程が下がる)。
ブリッジが噛み込む部分の径が太く高さが低いスタッドを持ってるので、それに合わせてブリッジを自分で精度良く加工してブリッジがほぼ真っ直ぐ取り付くようにすると 59M 側のスタッド穴の加工精度の所為でスタッドが回らなくなり、それを避けられるだけの遊びを作るとブリッジのケツが浮いて、弦によって駒に接触したりしなかったりする感じ。
つうことでブリッジのケツ部分をハンディルーターで削り、ブリッジの駒に弦がガッツリ乗るようにした。
けど今度はブリッジの元の加工が悪過ぎて駒が浮いており、音を鳴らすと駒がめっちゃビビる。
つまり最初からどうやってもコイツはマトモに使えなかったということだ。
糞があああああああああ!

諦めて 510UB を載せることにする。
やっぱ木加工が必要で、ハンディルーターでザグリをエンドピン側に 10mm 程度延長する。
ううん、やっぱコレ、メゾナイトじゃなくて MDF だと思うんだけど・・・。
トップ材の下のブロックはポプラか柔らかいメイプルかという感じの材木。
木部が露出したトコはエポキシを塗っておく。
この部分は弦交換時に弦の先が当たる部分なので、ちょー硬くなるでお馴染みの J-B Weld を使った。
色は塗らず。
59M 側のスタッドが若干斜めに入っている所為で 1弦 側を 6弦 側より下げると急激にスタッドの回転が固くなってしまうけれど、一応ちゃんと調整はできる。
弦を新しく出してきて(クソ、この弦不足のときに・・・)張ってみると、ちゃんと駒も機能を成しているし、当然ビビりとかも無い。
これが信頼と実績の GOTOH よ。調整するには 3種類 の六角レンチが要るケド。

因みにスタッドのネジ部にはタミヤの接点グリスを塗り込んである。
そうしないと弦高調整のときにスタッドがスムーズに回転しないので。
GOTOH の 510UB なら六角レンチが使えるので回転が多少固くてもそれ程苦ではないけれど、一般的なスタッドでコインとかマイナスドライバーとかで回そうとすると大変だったので。

完成。
やっぱジャンボフレットになると指板までの距離があるので若干指先に負担が掛かる感じがするけど、弦を確実に押さえられる感じはある。
弾き易くなったかと。
ネックのシムを外して仕込み角がフラットになったので、リアのピックアップを以前みたいにゴリゴリに上げなくても済み、調整がし易くなった。
510UB は、最初から素直にコレにしとけばよかったという感じの安定感。
音的には、生音は安っぽいカランとした部分が減って、確っかりした鳴りになってしまって Shorthorn らしさが減った。
楽器としては正解かも知れないけれど、特徴が減ってしまった感じ。
開放弦でも同じように感じるので、フレットというよりはネックのシムかブリッジの所為か。
まあピックアップがショボいので出音は特に大きく変わった感じは無い。

つうことで何故か Over the hills and far away (Led Zeppelin の方)を只管弾き続ける。
Kashmir でもなく。

フレット交換はこれで 2本目 の成功となる。
フレット交換についてはもう「できる」と言っていいんじゃね?
道具さえ揃えてしまえば、あとは根性でどうにかなりそう。
次は Ibanez S か Squire Duo-Sonic 辺りをやってみるか。

Soundhouse
GOTOH 510UB Chrome
GOTOH 510UB Chrome
JESCAR #58118 NS18%
JESCAR #58118 NS18%

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最近お気に入りの Elixir Optiweb の 0.011 のセットが手に入り辛い・・・。
0.010 と 0.009 のセットは現状は回復しつつあるように見えるけど、売価も以前より高くなってるし、未だ不安定な感じがする。
つうことでたまには Ernie Ball を使ったりしてるんだけど、やっぱ私的には Ernie Ball の方が音は好みなんよね・・・。
何も悩まなくていい。
すぐ錆びるけど。

2021/05/02

また今夜も只咀嚼して飲み込むマシーン

アメリカンウィスキーに浮気してたけど、久しぶりに Ardbeg Ten 呑んだらやっぱ Ardbeg が旨え。
その後に近頃は割とイケると思って呑んでた Buffalo Trace 舐めてみたけど呑めたもんじゃねえ。
やっぱ私はスコッチ派なんだよなあ。
Ardbeg より Laphroaig の方が好きなんだけど、今は Ardbeg しかないからしょうがない。

今んトコロ家には Ezra Brooks の Rye、Buffalo Trace の 90 proof、Old Grandad の 114 proof が有る。
正直に言うと、私の好みとしては、好きな方から言って Ezra - Buffalo - Grandad の順。
Ezra Brooks Rye は、ライウィスキーってことになってるけど、味的には安くて美味い系のブレンデッドのスコッチみたいな感じでめっちゃ呑み易い系。
やっぱスコッチ派なんよね・・・。
Buffalo Trace はバーボンだけど、一般的なバーボンよりダークな甘味とバニラ感が強くて、あんましバーボンらしくない感じ。
スコッチで言うと Macallan 系統。Macallan より大分安いけど。
やっぱケチらず Eagle Rare(Buffalo Trace の上位互換)ぐらい買っとくべきだったか・・・と思って Amazon 見てみたら Eagle Rare がめっちゃ高くなってる・・・。
Old Grandad がこの中だと一番バーボンらしいバーボンという感じかね。
一般的なバーボンよりちょい濃い目で甘さもあるけど、バーボンっぽいガツンと来る感じもある。
Wild Turkey 8y が私の中ではバーボン中のバーボンという感じなんだけど、あそこまで行くと私にはバーボン過ぎて呑み難く、たまに店で呑むだけならいいけど瓶買ってまでは、という感じか。
やっぱ多少は甘さが欲しいんよね。
甘い系で言うと Makers Mark とかがあるけど、アレは軽い甘さというか、もうちょいダークな甘味が私好みなんよね。
あとストレートで呑むなら私にはちょい薄味な感じがする。

つまり何が言いたいかと言うと。
深夜に酒なんか呑んでると、無性にジャンク炭水化物が欲しくなったりするやん?
私の場合は、たまに炭水化物欲が出るときがある、というぐらいの頻度。
そいで「やっぱスコッチやで」とか管巻きながら Ardbeg なんか舐め続けてると、そういやどん兵衛(天ぷらそば)有ったなあとか思い至ってしまったりする訳ですやん?
一方で、知識として、アルコール呑んだときに炭水化物が不足しているように感じるのは錯覚、ということも知ってたりする訳ですやん?
更に言えば夜中に、実際空腹でもないのに、どん兵衛食べたら体に悪そうでもある訳ですやん?
で、食べたら絶対後悔することも、経験上よく解ってる訳ですやん?毎回のことですやん?
でもまぁエエか、たまにはハッチャケるのもアリか、という思考に至って(実際には毎日のように何かはハッチャケてるんだけど)どん兵衛作ったりする訳ですやん?
作ってる間は「アカン、これ絶対美味いヤツや」とか思いながら作ってるんだけど、イザ出来上がって箸でそばを抓んで口の前まで持って行った段階で後悔が始まる訳ですな。
思った程美味しく食べられないということが、この段階で明らかになる。
別に空腹でもないし、なんならアルコールで胃がキュッとなってるし、序でに舌も鈍ってる訳ですやん?
実際口の中に入れてみて、やっぱそんなには欲しくなかったと判明する訳ですな。
合理的に考えれば損切りで捨てるのが最善と解っているのだけれど、かと言って捨てる勇気も無く、後悔しながら咀嚼して飲み込む無駄な人生。

といういつもの夜。

歩いて 5分 以内に深夜営業してるマクドでもあろうものなら、私はこんなもんではなかっただろう・・・。