2016/07/31

人間グリル

細くてシールドされたケーブルと夏用の靴を買いに行って、人混みと暑さで疲れる。
昼間は住宅街のアスファルトの上は50-60℃ぐらいあるんちゃうかというぐらい暑かった。
人間のグリルができる。

最近の私の宗教ではギター(或はたまにエフェクターも)の内部配線はシールド線で行えという教義になっているんだけど、細いシールド線は4芯のしか無くて他のは切らしていた。
なので1-3芯の芯線0.2-0.3SQぐらいのを。

あと夏用に白いキャンバス地のデッキっぽい靴を買ってたんだけど、アレ結構頻繁に洗わんとすぐなんかすげー汚い感じになるのな。
白ベースのキャンバス地でも他の色の混ざったヤツだとそうでもないのに、白一色だとなんかすぐ汚く見えるようになる。
洗うの面倒臭いので、もう一足なんか欲しい。

つうことで、日本橋-梅田のハシゴして要るものやら要らないものやらを買って帰る。
なんやろうね、なんで要らんもん買ってしまうんやろうね。

帰ってきて饅頭食べて風呂入ってアブサン舐める。
最近はアブサンで角砂糖燃やすヤツ、面倒臭くてやってない。
代わりにガムシロップ垂らしているけど、味的にはガムシロップの方が良い気がする。

アブサン舐めながら、そういや私腹減ってたってのを思い出す。
空腹時に高濃度のアルコールを摂取するのは胃に悪いらしい。
ソーセージでも炒めようと鉄フライパンを火にかけるとフライパンから思わぬ臭いがする。
前回肉か何か焼いて洗わずに放置してしまっていたっぽい。
塩分で錆びさせてしまったかと心配したが、洗ってみると錆も無く大丈夫だった。

ソーセージでタンパク質を摂取したことにして、アブサンを舐め続ける。

まあそんな感じで。

2016/07/29

薬草酒

余り好きという訳ではないのだけれど、何故かたまに呑みたくなる、薬草系の酒。
Pernod Absant と Underberg は常備している。
Jaegermeisterの小瓶とかあれば買おうと思っているのだけれど、最近メッキリ見なくなった。
フルサイズ買う程呑む訳ではないしな・・・。冷凍庫の場所取るし。

つうことでまあ、Underberg。
20mlの小瓶入りなんだけれど、瓶そのままで飲むのは飲み難いのでグラスに移すべきかと。
然しそういや最近家ではリモンチェッロソーダかカンパリグレープフルーツ(スプモーニのトニックウォーター抜きのバランスで)ばっかだったので、酒っぽいグラスは埃を被ってしまっている。
つうか家で酒とかあんまし呑まんし。
グラスを洗いつつ、どのグラスに移すべきか悩んだ結果、ウィスキーのテイスティンググラスを使ってみる。
でも多分、ショットグラスが正解なんだろうなあ。
テイスティンググラスだと一気にグイッとという感じじゃないしな、と注いだ後に思う。

然しグイッと呑む。
20mlしかないのになんかポカポカする。
養命酒の癖とアルコール強い版みたいな感じか。

埃を被った酒用グラスを洗う序でに、それらのグラスに合った酒を引っ張り出してきて、呑む。

ブランデーグラスでグラッパを呑んだり。
テイスティンググラスでウィスキー色々呑んだり。
香り付け用に買ってあるグランマニエとコアントローの小瓶で味を比べたり。

まあそんな感じで色々チビチビ呑んだ。
Underbergだけのつもりだったのに、少し酔った。

2016/07/10

政治的中立

参院選やし。

自民党が「学校教育における政治的中立性の調査」ってのをやってる。
https://ssl.jimin.jp/m/school_education_survey2016/
なんか内容が変わってるみたいだから魚拓をとっておこう。
ここから-----
党文部科学部会では学校教育における政治的中立性の徹底的な確保等を求める提言を取りまとめ、不偏不党の教育を求めているところですが、教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です。
学校現場における主権者教育が重要な意味を持つ中、偏向した教育が行われることで、生徒の多面的多角的な視点を失わせてしまう恐れがあり、高校等で行われる模擬投票等で意図的に政治色の強い偏向教育を行うことで、特定のイデオロギーに染まった結論が導き出されることをわが党は危惧しております。
そこで、この度、学校教育における政治的中立性についての実態調査を実施することといたしました。皆さまのご協力をお願いいたします。
(以下個人情報入力/投稿フォーム)
-----ここまで
投稿するには住所や職業等のかなりの個人情報を入力する必要があるのがなんかすげー不安になる・・・。
プライバシーポリシー:
https://www.jimin.jp/privacy_policy/
不安になる・・・。

恐らくは実際の投稿を期待しているのではなく、「キョウシどもって左(つまり反自民)に偏ってるよな。あいつらの言うこと真に受けんなよ。あと左キョウシはウザい黙れ。」という内容を右だの左だのという(頭悪そうな)言葉を使わないで書かれた声明だと思われる。
それでもまだ無駄に曖昧な用語を多用していて十分に頭悪そうな文章だけれど。
反自民の勢力を削ぐには先ず言論への圧力からというお馴染みの手法の一環なのだが、自民党はここまでやって許されると思っているのだな・・・。
そしてこのプアーな日本人どもは、自民党が今までにもやってきた、そしてここ数年激しさを増している民主主義への攻撃を、いとも簡単に忘れるんだろうな。

民主主義への道のりはなんて遠いんだ・・・。

政治に中立など存在しないし、総ゆる表現や行為は政治的であり、イデオロギーを含んでいるか或はイデオロギーそのものである。
そもそも中立な政治的立場というものが実際に具体的にどういうものなのか、正しく想像できる人間は存在しない。
或は立場の「偏り」は相対的なものでしかなく、教科書を読み上げるという行為ですら立場に拠って「偏る」のだ。(因みに教科書というのは究極に政治的産物である)
序でに「偏り」は単なる左右の1次元的なものではなく、もっと複雑な政治的言論空間における相対的な差異の存在の余り的を射ていない仕方での言い換えである。
私は自分で「最左翼の更に左側」となんとなく自称しているが、左派と言われる人の多くは私を大雑把に見て自分より「右」だと言うかも知れない。
政治的左右なんて実質的には大した意味は無いし、少なくともこの文脈で「偏り」について語るのは時間の無駄だ。

通常、「偏向」を批難するのは、それが自分が反対している立場であるという理由で批難するのだ。
他の人が自分の反対する立場について考えたり或はそれを受け入れるかも知れないということが厭だと言って批難するのだ。
自民党にとっての「偏向」とは、例えば「日に5回靖国神社の方向に祈りを捧げましょう」という立場を表明することではないし、或は例えば「日本の素晴らしいなんかの技術」やら何やらを手放しで褒め称えるTV番組を放送することでもない。
何故なら自民党にとって、コミットしないにしてもそれが今特に反対しなければならない立場でもないからだ。

政治的中立という頭の悪そうなファンタジーを現実から区別できていないということをこんなに明ら様な形で臆面も無く表明できるということが、私にはショックだった。

教育が不偏不党であるべきとかマジで言ってんのかこいつら。
まあ要するに、今回の中立性の調査とやらで、教員への圧力の為にまたわざわざ自らが愚かであることを世に知らしめている訳だ。
これが例えば先ずパブリックコメントを求めるとかじゃなくて、自民党ホームページ上で急造臭い投稿フォームで個人情報てんこ盛り(FAXまで要入力)にしないと投稿できないようになっていたりするのは、これで教員が少しでも萎縮してくれるといいぐらいの感じなんじゃないですかね?
そうすると今回の選挙で改憲勢力2/3議席確保できると踏んで、一気に改憲まで走りそうなシナリオが想像できて怖い。


或一つの(或は「一つ」であるように認識可能な範囲の)政治的議題に関して二人の単純に正反対に対立する立場の人がいたとして、その二人とは関係の薄い三人目が仲裁を買って出たとしよう。
この三人目が中立であると言えたとして、それはどういう意味において中立なのか?
例えばこの三人目が仲裁役を買って出たということから、その三人目が政治的に中立であるということが論理的に導き得ない。
或は対立する二つの意見を知って尚無関心を装うことや特にこれといった行動を起こさないことは、政治的に中立な振る舞いでは全くない。
つうか正反対の二つの立場の中立ってどこよ?
二つをなんか直線で繋いでその真ん中か?このときの直線て何よ?真ん中って何よ?
或はどちらにも与しないということが中立ということの意味なのか?それは政治の文脈では単に新たなもう一つの立場でしかないのではないのか?
たった一つの政治的議題についての、たった二つの立場についてですら、我々は中立ではあり得ない。
実際の政治的議題は、普通もっと沢山の他の政治的議題と絡まり合っているし、それに対する立場は殆ど無限に存在し得る。
人は普通、右と左だけの1次元上の点として表現するには複雑過ぎる。

「政治的中立」というのはなんとなく便利そうな言葉ではあるが、実体は無い。
そして、重要なのは、或人物が中立でないということが他の誰かの思考の多面性を失わせることは無い、つまり問題は中立性じゃないのだ。


で。
授業中、教員が、例えば改憲について、自分の政治的立場を表明したとしよう。
改憲マジイカス、戦争とか起こらんから大丈夫大丈夫、とかなんとか。
で、その後すぐ改憲の可否について模擬投票したら、まあ改憲賛成へバイアスがかかるであろうということは想像できる。
例えば1000クラスぐらいを使ってランダムな1/3のクラスでは教員の立場を表明せず模擬投票をし1/3は賛成の立場を、もう1/3は反対の立場を表明してから模擬投票をしてみたとしよう。
私の想像では、統計的には教員の立場の方へ引っ張られると思う。
賛成と反対ではどちらに強く引っ張られるかはチョット判らないけれど。
つうか二重盲検っぽくなってないのでガチでやるならもっとやり方を考えないといけないけれど。

こう想像するのは、一つには、教員という目の前の権威の政治的立場が、その権威が出した「問題」としては「正解」であると単純に信じる生徒はいないでもないだろうからだ。
或はその「正解」が多数でなければ後々面倒臭いことになる(教員が不機嫌になったりセッキョウが始まったり)ことを想像する生徒も少なくはないだろう。
大体小学生ぐらいからそのくらいの空気は読めるようになる。
開票は教員の目の前で行われるか或は少なくとも学校の中を出ないところで行われるのだから、権威に対して異を唱えるにはそれなりに強い理由や動機が要る。
反発する人数より空気を読む人数の方が多いという想像が私にはシックリ来る。

それで生徒達が18になって本当の選挙になったときに、生徒達は学校から離れた場所で単純に模擬投票の投票用紙に書いたことと同じことを書くのか?
もっと何か普通の大人程度には考えて行動し、その責任を取ることができると考えられたから18歳19歳に選挙権を与えることに賛成したのではないのか?(これは皮肉を言っているのだ。)


つうか「特定のイデオロギーに染まった結論」とか言ってるけど、何らかの結論が出たとして、その結論はそもそも当に何らかのイデオロギーの投影ではないのか?
或は自分達が何のイデオロギーにも染まってないとでも思っているのか?


私の小中学生の頃、「不良」全盛期の少し後で、多くの教員達は生徒に対して権威主義的に振る舞い、横柄で暴力的で誤りを認めず、私は糞食らえと思っていた。
序でにイマイチ社会について理解していない連中が「社会に出たら云々」とか吐かしていたり、言うことは一貫性に欠け矛盾していて、こいつらもマジで馬鹿なんだなと思って見下していた。
それが矛盾や不条理であることを生徒が理解しているということを理解する必要が無いと考えているように見えた。
高校ぐらいに行けばちゃんとした人も居たけれど、相変わらず権威主義者も居て辟易させられた・・・。
然しそれらの教員から取り除くべき権威主義とは、彼ら彼女らが生徒に対して反自民(偏向)を表明したりそのように振る舞うことではない。
或は「公明党カーズさん(in the space)みたいでちょーイカス、ブレーキ役どころか座ってるだけのちょーアクセル、安保とか議論は尽くされてないのは認めるけど強行採決しちゃえば問題ないよね、自民党がそう言ってる」とかでもない。
例えば十分な理由や正当性も無く生徒の意に反して理不尽に何かを強制することが許されるという考えを現代の教員達も持っているのなら、或はそれが自民党であれ会社経営者であれ誰であれ、勿論取り除かなければならない。

2016/07/02

左腕禁止の行 その2

フライング・スパゲッティ・モンスター教の修行であるところの左腕禁止の行も近々、恐らくはもう半月程で漸く終わりを迎えるであろう。
拘束具も解け、行の完遂を前に凝り固まった左腕を少しづつ動かして解していく段階に入った。
行が完遂された後は、落ちた筋肉とその柔軟性を取り戻す行に入ることになる。
噂では、こいつはこいつで割とキツいらしい。

拘束具が解けたので、或程度ギターが弾けるようになった。
未だガシガシは弾けないけれど、運指の練習程度なら。
指が衰えてなんか弦高が高くなったかのように感じられるが、1ヶ月前後のブランクにしては意外と弾けるもんだ。
ベースは右の3本指が結構すぐ疲れるようになった。
バイオリンは未だ持てないので弓遣いの試行錯誤などしてみている。

つうことで、ここ1ヶ月程、大して何もしてない。
あ、Witcher IIIはクリアしてしまったけど。
久し振りにゲームをまともにクリアした。

2016/06/27

脱EU、マニュファクチャリング衆愚、反政党

UKがEUを抜けることになってしまった。
離脱派と残留派との割合はほぼ拮抗していて、投票前の世論調査も調査の度に違う結果が出てたが、日本の中では「まあ結局流石になんぼなんでも最終的には残留ということになるやろう」的な楽観的な雰囲気があったように、今思えば思える。
経済的側面を見るなら、離脱してしまうと世界経済的に少なくとも短期的にはどうやってもマイナスになるだろうし、イギリス経済自体も沈んでなかなか浮き上がってこれなくなりそうだし。
移民問題とかもEU抜けてどうにかなる感じでもないし。
流石に離脱派を気取っている連中も投票する段になればそろばんぐらい弾くやろう、というような雰囲気だったように思える。
然し結局、僅差で離脱という結果になった。

私の目に入ってくるニュースでは、大体のところ、これは愚かな結果ということになっている。
現状に不満があって何かを変えたいが、実際に何を変えればいいのか(そして何を変えてはならないのか)を理解していないし考えてもいないにも拘らず、単に「変わる」というだけのことで、その変わった結果やその変化にまつわる諸々の因果関係について大して考えもせず感情的になんとなく投票した結果、みたいな雰囲気で私に伝わってくる。
まあよくある話・・・というか我々に常に付き纏ってくる話ではあるかと。
今回のが実際にそうなのかどうかは、イギリスの情勢を常にチェックしているわけではなかった私には判断しかねるが、然しありそうな話ではある。

EUを抜けることで少なくとも短中期的には変化に伴う結構なコストを支払わなければならなが、その後のイギリスに関する、そのコストを支払ったに値するメリットについてのビジョンを、イギリス国民の離脱派の多くが持っているかと訊かれると、「持っている」と具体的に想像するに足るだけの離脱派についての情報を私は持っていない。
これが衆愚の結果なのか、或はそうではないのか、私には判断がつかない。

民主主義は必ず衆愚に陥るという話をたまに聞くけど、必ずってことはないと思う。
制度設計がヘタだと衆愚に陥り易くはなるだろうけれど。
衆愚ってのは、作られるもんだぜ?

基本的に個人は、何かのスペシャリストであることはあっても、社会の全ての重要な事柄に十分に通じているという人はまあ殆ど居ないだろう。
多くの人は、どれかの質問には答えられても多くの質問には十分には答えられないだろう。
色々な問題が絡み合う政治上の問題なんか、誰がマトモに答えられるかっちゅう話。
これだけを見るなら、なんか民主主義って衆愚に必ず陥るっぽく感じるかも知れない。

まあでも衆愚好きの人の多くは、自分が知っていることを多くの人が知らないことに優越感と孤独を感じ、また他の人が知っていることを自分が知らないことに頓着しない感じの人達なんだろうと思う。
統計の使用について少しでも学べば、例えばよくあるTVのフリップに描かれた犯罪が増加しているかのように思わせるグラフの騙し絵に気付くことは容易だが、然し多くの人がそれに騙されることに苛立ちを感じ、騙される多くの人が愚かに見えるだろう。
私も例えば音楽について、音楽を余り聴かない人と話すときに一寸した優越感と強い孤独を感じるのだ。
でも向こうも向こうで気を遣ってAKBの話振ってもAKGのヘッドホンのことしか知らない私に対して苛立ちを感じているのだ。

なので、できるだけ色んな人を集めて議論しましょうってのが民主主義では要るんですな。
議論に参加したら以前と同程度に無知のままという訳にはいかず、知識やら考え方やらを他者から学ばなければならない。
いつまで経っても自分の元々の意見を漠然と喋り続けることは普通「議論」とは呼ばない。
ほいで、そのときになって学ばなければならなくなるコストを下げつつマトモな議論が成立する為の教育(特に基礎教育)が重要になってくる訳ですな。

でも何故か教育に金が割かれない不思議。
やっと高校が無償化されて各家庭の子供に掛かる金銭的負担は減ったけど。
例えば人件費はもっとかけて、教育者には教育の仕事をさせて、そして仕事の分は金を払わないと。

議論の調整役としてTVとかのマスメディアが期待されるが、未だにその役目を十分に果たしたことは無い。
Come and play, come and play, forget about the movement. (RATM)でお馴染みの。
そういや最近トム・モレロが全ての音楽は多かれ少なかれ政治的だというようなことを言っていたが、完全に正しい。
例えば「私は政治的でない」という発言はきわめて政治的なのだ。総ゆる表現は政治を含むことから逃げ切ることはできないし、総ゆる表現者は自身の表現が社会に対して幾分かの政治的責任を負っていることを自覚すべきだ。
馬鹿をやるならその上で馬鹿をするのだ。
総ゆるTV番組は直接的であれ間接的であれ政治的であるということに自覚的であるべきなんだけれど、残念ながら逃れられることのできない責任から逃れたつもりになっているように見える。

併し国会で人が喋ってる時にヤジ飛ばしたりする信じ難いアホが衆参議員とか、ヘタしたら総理大臣までできちゃう狂った国がこの世のどっかにあるらしい。
まあそいつら椅子の数しか数えられないので椅子の数だけで話を決めるし実際議論とか必要無いっぽいしな。
なので考えるべきことは死ぬ程ある筈でも議席無駄なので減らそうとかしてるし。
実質賃金下がっても額面が増えたら賃上げキてるとか素面で言っちゃえる連中だし。
まあアレ、慥かエコノミクスじゃないらしいしな。経済学じゃないならしょうがない。
なんつったかな。取り敢えず株価でも何でも額面増やしときゃ大体ハッピーやろノミクス。
ヘタに教育に金を掛けて教育水準でも上がってしまったら頭悪いこと言ってるのがバレて困るんでしょうな。ポル・ポトとかの感じで。

日本でもそろそろ参院選があるし。
リベラルコミュニタリアン(リベラル多め)ぐらいの感じの私は、いつも入れる政党が無くて困る。
最左翼の更に左側を自認しているが、コミュニズムでもリバタリアンでもアナキズムでもない。
つうかコミュニズムとリバタリアンてなんか逆の存在のように思われている気がするけど、決定的に違うところはあれ全体的には言ってることは結構似てるし、私には人間についての本質的な見解のところで同じ仕方で躓いているように見える・・・。
まあそれはいいとして。
個人の複雑な政策についての見解の多くをこれっぽっちの種類の政党(しかも言ってることは私からしたら似たような感じに偏っている)で代表できんのかと。
例えば原発-エネルギー政策に対する態度だけでも何通りもあって、それをそれっぽっちの種類の政党がなんぼ程拾えんのかと。
「2大政党」のときとか、なんで自民党と自民党Bチームとの間で選ばなあかんねんと思ってた。
右と左で話ができる程現代位の政治はシンプルじゃないし、そもそも民主党は全然左じゃねえし。
どんなけ左側広大やねん。一緒にすんな。と思ってた。

序でに少数意見を拾わないのは国としてマイナスと考える。
あと党員の政党への縛りを緩くする(造反歓迎にするとか)か党というものを無くしてもっと他のフレキシブルな形に変えて欲しい。
意見を或程度は変えることを許容しなければそもそも議論は成り立たない。
政党という縛りの所為で国会で議論が成り立たないし、国会が議論の場ではないことを知っている国民は一度投票してしまえばなんか御役御免みたいに感じてしまう。
複雑な政治を不適切な形で簡易化してしまっているものが現代の政党だと思う。
団結の、今や間違った仕方になってしまっていると思う。

なので、衆院選の小選挙区とかマジ狂ってる。
投票の選択肢は狭まり、小政党に不利で少数意見を拾えず、而も反政党だと比例区はあんまり意味を成さない。

2016/06/26

PCモニタの値段

PCのモニタってあんま値段下がらないのな。

1920x1200のちょー古いDELLのモニタ使ってるんだけど、とっくの昔に寿命が来ててもおかしくないぐらいの感じだし、入力がDVIとVGAしか無かったり切り替えが無かったりでビミョウに古臭いしってことで、そろそろ買い替えも視野に入れなければならないのかなと。
10年は経ってないと思うんだけど・・・。まあそのくらい古い。
多分当時安くなって2-3万ぐらいで買ったと思うんだけど。
今その価格帯だと大体Full HD(1920x1080)とかで、縦のピクセル数が少ない。
どうせネットサーフィンとかが主な用途なので、縦はもっと欲しいんよな。
WQHD(2560x1440)とかなら今より縦も増えていいんだけれど、そうなると3万以内とかでは無さげ。
どうせなら4K(3840x2160)とかがいいんだけど、そうすると最安で5万程度か。
4Kだと横の解像度が倍になる感じか。
10年近く(多分)経ったんだから、同じ値段で解像度が倍とか期待したんだけど。
この辺の解像度のモニタの値段、昔から殆ど変わってないのな。
タブレットのモニタは飛躍的に高解像度になってるのにな。多分iPadの所為で。

2016/06/20

PS4のゆるゲー

E3 2016。

PSVRの為にPS4を買ったので、やっとこさ発売日が確定して嬉しい限り。
まあ予約とかしてないんで、発売日より大分後に入手することになるだろうけれど。
あと最初のロットは避けて様子見したいし・・・。

PCでPSVRが使えるようになれば最強なんだけどなあ。
PSVRのハードの価格設定的に逆ザヤになっていると難しいかも知れないけど。
でもなんかでもPCでPSVR使えたらなんとなく色々できそうで夢広がるやん?
安いし。
具体的なことは特に思い付かんけど。
折角PCに繋いでも映画見たりゲームしたりとかだけではあんまし面白くないしなあ。

ソフトも色々発表になったけど、FFXVと人喰いの大鷲は買うと思う。
取り敢えずFFXVですな。
PSVRにも追々対応するらしいし。
ここ数年ゲームを買ってマトモにクリアした記憶が無いけど、今度こそ一周ぐらいはクリアしたい。
多分最後にクリアしのは3DSのファンタジーライフだな。

あとPS4のゲームって、どうぶつの森ぐらいユルいヤツが無いんよな。
私が知らんだけかもしれないけれど。
ぼんやりずーっとやってられる系のユルいヤツ。
焦って戦ったりしないでいいヤツ。
どこでもいっしょはやったこと無いけど、多分アレのPS4版があればよかったのかね。
或はオープンワールドの広大なユルい世界をPS4のキレイでユルいグラフィックで、特に何と戦ったり競ったりするでもなく、特に誰と繋がるでもなく、ぼんやりと徘徊したり発見したり、たまにチョットぐらい頭を使ったりしたい。
そしてどうぶつの森程度には完成度の高いヤツな。

ダンジョンに入ったりボスと戦うのにレベル上げまくる系の人間である私にはPS4のゲームは向いてないのかも知れない・・・。
多分私は戦闘向きじゃないんだ。
ソフィーのアトリエでさえ、戦闘が面倒いんだ。