うっすら宿酔い気味。
歳食ったか。
筋肉の回復力が宿酔いのような感じ。
天気も良いし軽く体を動かしといた方がよさそうな感じだったので、午後も大分過ぎた頃、散歩がてらに饅頭でも買いに行く。
饅頭屋まで、ウロウロジグザグに進んで片道30分ぐらい。
最短コースを行くならトットコ歩いて20分ぐらいの距離かね。
この饅頭屋は私のランニングコース上にあって、いつか試しに買って食べてみようと思っていたのだ。
個人商店のようで、中で饅頭を作っているっぽい。
無精髭のゴマ塩になった粗野な風貌の店主らしき人が出てきて、風貌の粗野さとは逆に非常に丁寧というかえらく腰の低い応対をなさる。
それが何か人付き合いの苦手そうな印象を私に与えたのだが、こういった印象を私自身受けるということがなんだか興味深い。
饅頭と、あと生菓子があったので生菓子も、幾つか買って帰る。
割と安かった。
帰って茶を沸かして食べてみる。
飛び抜けて美味い訳ではないが、まあ普通に美味かった。
値段からすると結構いいんじゃないかね。
まあそんな感じで。
2011/10/17
2011/10/16
酩酊気味
自堕落。
自堕落こそ我が生哉。
と解ったような解らないようなことを言って、ウィスキーマックを久しぶりにシコタマ呑む。
ボトルが漸く空いた。
従って現在酩酊気味。
酩酊気味で判断力や思考能力は低下している。
序でに運動能力はかなり低くなっている筈。
然しどうしても普段程度に理性的だ。
例えば複雑な計算をしたり新しい概念を理解するといった、普段余り使わないがいざとなれば使えるような種類の思考能力は目に見えて衰えるのだが、普段使いの理性は普段と余り変わらない。
深く潜ることができなくなり、思考が薄っぺらくなる。
それが厭だ。
呑まなきゃいいんだが、たまに呑みたくなる。
呑みたくなるといっても、旨い酒を味わうこととか酔うことが目的でなく、呑むという行為それ自体が目的なのだ。
なんだろうね。
自己陶酔に似ている気がするが、恐らく違う。
然し自意識が大きく影響していることは間違い無さげ。
なにかね。
私の「呑みたくなる」とはどういうことか、酩酊気味の頭には解らない。
上手く考えることができない。
厭だ。
MacallanとWilkinsonのジンジャエールを1:1。
最強。
自堕落こそ我が生哉。
と解ったような解らないようなことを言って、ウィスキーマックを久しぶりにシコタマ呑む。
ボトルが漸く空いた。
従って現在酩酊気味。
酩酊気味で判断力や思考能力は低下している。
序でに運動能力はかなり低くなっている筈。
然しどうしても普段程度に理性的だ。
例えば複雑な計算をしたり新しい概念を理解するといった、普段余り使わないがいざとなれば使えるような種類の思考能力は目に見えて衰えるのだが、普段使いの理性は普段と余り変わらない。
深く潜ることができなくなり、思考が薄っぺらくなる。
それが厭だ。
呑まなきゃいいんだが、たまに呑みたくなる。
呑みたくなるといっても、旨い酒を味わうこととか酔うことが目的でなく、呑むという行為それ自体が目的なのだ。
なんだろうね。
自己陶酔に似ている気がするが、恐らく違う。
然し自意識が大きく影響していることは間違い無さげ。
なにかね。
私の「呑みたくなる」とはどういうことか、酩酊気味の頭には解らない。
上手く考えることができない。
厭だ。
MacallanとWilkinsonのジンジャエールを1:1。
最強。
2011/10/15
信頼感
知覚過敏の治療。
施術者が変わったのだが、前の人より安心して治療を受けられるように感じる。
やってることは多分そんなには変わってないんだろうけど、一寸したやりとりだとか施術の仕方だとかから信頼感に違いが結構出るもんだなと思った。
治療技術の巧拙もそうだがそれ以外にも、信頼感が得易くなる対人スキルとか或は何か性格とかがあるんだろう。
自分が相手にどれだけ信頼感とか安心感を与えているのかということは、結構判り難いことだと思う。
余り信頼していないときでも恰も信頼しているかのように振る舞うことは多いだろうし。
序でに言うと、「今私はあなたのことを本当は大して信頼していないが、状況を鑑みて、恰も信頼しているかのように振舞っている」ということを、ちょっとした仕草や言葉の端からそれとなく相手に感じ取らせるようにして伝えることもできたりする。
更に「今私は・・・(中略)・・・のように振舞っている」かのように振舞って見せることもできる。
このくらいのレベルの複雑さなら、普通の人の普段使いのコミュニケーションの範疇だろう。
然し実際にどのくらいの信頼感とか安心感を抱いているのかということに関して、社会生活において、親しい仲でない相手に馬鹿正直に伝えようとするような状況はそれ程多くない気がする。
なので、相手により大きな信頼感を抱かせるというスキルを意識して洗練さることは、そこそこ難易度が高いんじゃないかね。
ということで、私は人に不透明感とか疑念とかを抱かせるということ関しては一寸した者なのだが、多少頑張ったぐらいでは相手に信頼してもらえるようにはならないということですかね。
施術者が変わったのだが、前の人より安心して治療を受けられるように感じる。
やってることは多分そんなには変わってないんだろうけど、一寸したやりとりだとか施術の仕方だとかから信頼感に違いが結構出るもんだなと思った。
治療技術の巧拙もそうだがそれ以外にも、信頼感が得易くなる対人スキルとか或は何か性格とかがあるんだろう。
自分が相手にどれだけ信頼感とか安心感を与えているのかということは、結構判り難いことだと思う。
余り信頼していないときでも恰も信頼しているかのように振る舞うことは多いだろうし。
序でに言うと、「今私はあなたのことを本当は大して信頼していないが、状況を鑑みて、恰も信頼しているかのように振舞っている」ということを、ちょっとした仕草や言葉の端からそれとなく相手に感じ取らせるようにして伝えることもできたりする。
更に「今私は・・・(中略)・・・のように振舞っている」かのように振舞って見せることもできる。
このくらいのレベルの複雑さなら、普通の人の普段使いのコミュニケーションの範疇だろう。
然し実際にどのくらいの信頼感とか安心感を抱いているのかということに関して、社会生活において、親しい仲でない相手に馬鹿正直に伝えようとするような状況はそれ程多くない気がする。
なので、相手により大きな信頼感を抱かせるというスキルを意識して洗練さることは、そこそこ難易度が高いんじゃないかね。
ということで、私は人に不透明感とか疑念とかを抱かせるということ関しては一寸した者なのだが、多少頑張ったぐらいでは相手に信頼してもらえるようにはならないということですかね。
2011/10/14
漫画分類
ベッド脇にCDが堆く積もっている。
そいつを片付けようとしたのが運の尽き。
CDを片付けるためにはCD棚の前に積まれた漫画を退けなくてはならない。
漫画もそろそろ秀作/駄作の分類をして、駄作はダンボール箱にでも詰め込まなければ置き場が無い。
てことで、先ず漫画の分類。
積まれた漫画、特にここ一年程で増えた漫画を、判の大きさと面白さで分類する。
面白さの判断は大体のところ私的な感覚を基にしているが、「これは認められるべき」といったような公的な視点もそれなりに入る。てかどうしても入ってしまう。
まあそりゃそうか。
「純粋に私的な好悪の判断」といったようなことができる程、人間単純にはできていないように思う。
なんで、公的視点を如何にして排除するかとかいうような話なら、どんな感じで公的視点が混ざってるのか或は混ざっているべきか、とかいう話にすり替えればいいんじゃないですかね。
まあ自分だけの為のライブラリなんだが。
てことで、或程度は公的視点が入っている。
どうしたって混ざるぶんだけでなく、意識的にも多少混ぜている。
純粋な好悪だけでないことは判ってるし、意識的にも単なる好悪から少し距離を取っている。
え?自分だけの為のライブラリですよね?
だからそうだと言っている。
てことで分類。
私的にテッパンのは既に棚の定位置に収まっている(例えば、大:漫玉日記、中:あずまんが(新)、小:レベルE)。
一定以上面白くて巻数が増えたものも半分以上は棚に収まる(大:足洗邸、中:純潔のマリア、小:ハンター)。
少年誌系の巻数の多いものや多くなることが予想できるものは押入れの中に作られた棚へ(ワンピ、月光条例等)。
最近買ったけど一定以上ピンと来ないものはダンボールへ(大:じょしらく、中:ビリーバット、小:むろみさん)。
昔面白かったが最近そうでもなくなったものも棚から引っ張り出してダンボールへ(大:はるみねーしょん、中:ゆうやみ特攻隊、小:絶望先生)。
空いた棚のスペースに最近買ったものの中で「秀作」認定されたものが入る(大:星を継ぐもの、中:黄昏乙女、小:進撃の巨人)。
等々。
然し秀作/駄作の判断基準はよくブレるし、棚の空き容量とも相談しなければならない。
大:四百九十九人切り、中:アカンプリス、小:貧乏神が、辺りが悩みどころ。
面白いんだけど、空き容量を鑑みるとどうすべきか悩ましい。
貧乏神と巨人は現在大体同じぐらいの面白さ。
貧乏神は10巻ぐらい出てるけど巨人は5巻しか出てないので今のところ半分の容量だし・・・。
あと貧乏神は今後「ちょーすげー漫画」には多分ならないだろうけど、巨人はその可能性が無きにしも非ずだし・・・。
あと巨人の画、腰のラインがイカす。
とか。
という感じの、中間的なものが結構いっぱいある。
あと途中までしか読んでないものが何冊か出てきたりして驚く。
山田花子とかは私の脳内の「精神の充実したときでなければ読んではいけない」のコーナーに分類されているのだが、不十分な精神の時に途中まで読んで心が容量オーバーになってそのままになっていたようだ。
とういことで、部屋には漫画が散乱している。
どうしたものか・・・。
あ、一応、漫画を床に散乱させたあと、CDはCD用の棚に突っ込むことができた。
でももうすぐ容量オーバー。
そいつを片付けようとしたのが運の尽き。
CDを片付けるためにはCD棚の前に積まれた漫画を退けなくてはならない。
漫画もそろそろ秀作/駄作の分類をして、駄作はダンボール箱にでも詰め込まなければ置き場が無い。
てことで、先ず漫画の分類。
積まれた漫画、特にここ一年程で増えた漫画を、判の大きさと面白さで分類する。
面白さの判断は大体のところ私的な感覚を基にしているが、「これは認められるべき」といったような公的な視点もそれなりに入る。てかどうしても入ってしまう。
まあそりゃそうか。
「純粋に私的な好悪の判断」といったようなことができる程、人間単純にはできていないように思う。
なんで、公的視点を如何にして排除するかとかいうような話なら、どんな感じで公的視点が混ざってるのか或は混ざっているべきか、とかいう話にすり替えればいいんじゃないですかね。
まあ自分だけの為のライブラリなんだが。
てことで、或程度は公的視点が入っている。
どうしたって混ざるぶんだけでなく、意識的にも多少混ぜている。
純粋な好悪だけでないことは判ってるし、意識的にも単なる好悪から少し距離を取っている。
え?自分だけの為のライブラリですよね?
だからそうだと言っている。
てことで分類。
私的にテッパンのは既に棚の定位置に収まっている(例えば、大:漫玉日記、中:あずまんが(新)、小:レベルE)。
一定以上面白くて巻数が増えたものも半分以上は棚に収まる(大:足洗邸、中:純潔のマリア、小:ハンター)。
少年誌系の巻数の多いものや多くなることが予想できるものは押入れの中に作られた棚へ(ワンピ、月光条例等)。
最近買ったけど一定以上ピンと来ないものはダンボールへ(大:じょしらく、中:ビリーバット、小:むろみさん)。
昔面白かったが最近そうでもなくなったものも棚から引っ張り出してダンボールへ(大:はるみねーしょん、中:ゆうやみ特攻隊、小:絶望先生)。
空いた棚のスペースに最近買ったものの中で「秀作」認定されたものが入る(大:星を継ぐもの、中:黄昏乙女、小:進撃の巨人)。
等々。
然し秀作/駄作の判断基準はよくブレるし、棚の空き容量とも相談しなければならない。
大:四百九十九人切り、中:アカンプリス、小:貧乏神が、辺りが悩みどころ。
面白いんだけど、空き容量を鑑みるとどうすべきか悩ましい。
貧乏神と巨人は現在大体同じぐらいの面白さ。
貧乏神は10巻ぐらい出てるけど巨人は5巻しか出てないので今のところ半分の容量だし・・・。
あと貧乏神は今後「ちょーすげー漫画」には多分ならないだろうけど、巨人はその可能性が無きにしも非ずだし・・・。
あと巨人の画、腰のラインがイカす。
とか。
という感じの、中間的なものが結構いっぱいある。
あと途中までしか読んでないものが何冊か出てきたりして驚く。
山田花子とかは私の脳内の「精神の充実したときでなければ読んではいけない」のコーナーに分類されているのだが、不十分な精神の時に途中まで読んで心が容量オーバーになってそのままになっていたようだ。
とういことで、部屋には漫画が散乱している。
どうしたものか・・・。
あ、一応、漫画を床に散乱させたあと、CDはCD用の棚に突っ込むことができた。
でももうすぐ容量オーバー。
2011/10/11
錠剤の容器
私の古いMacBookを傾けると微かにカラカラと鳴る。
なんて恐ろしい。
中で何か部品でも外れているのかも知れない。
どっかでショートしたりしてオシャカになるかも知れない!
あ、そうなれば新しいMacBook Airを買う言い訳にはなるか・・・。
イヤイヤ。金無いし。SSDに換装したとこだし。
と思ったけど、よく調べてみるとキーボードがカラカラ鳴ってるだけなのな。
ビビったぜ。
錠剤。薬とかサプリメントとか。
あれって、円筒形の瓶とかに入ってて、一粒出すのが割と面倒臭い。
薬とかでガラス瓶に入れないと不可ないものなら分からないでもないけれど、サプリメントとかプラスチックの瓶に入ってるようなものとかあるやん?
あれフリスク的な、片手でさっと一錠だとか二錠だとかを必要なだけ出せるような機構の容れ物にせんのかね。
それともそうすると錠剤を容れ物から直で口に放り込む人が出て良くなかったりするのかね。
例えば一度手に出して視認してから咽まないとだめだとかという理由とかがあるのかね。
なんて恐ろしい。
中で何か部品でも外れているのかも知れない。
どっかでショートしたりしてオシャカになるかも知れない!
あ、そうなれば新しいMacBook Airを買う言い訳にはなるか・・・。
イヤイヤ。金無いし。SSDに換装したとこだし。
と思ったけど、よく調べてみるとキーボードがカラカラ鳴ってるだけなのな。
ビビったぜ。
錠剤。薬とかサプリメントとか。
あれって、円筒形の瓶とかに入ってて、一粒出すのが割と面倒臭い。
薬とかでガラス瓶に入れないと不可ないものなら分からないでもないけれど、サプリメントとかプラスチックの瓶に入ってるようなものとかあるやん?
あれフリスク的な、片手でさっと一錠だとか二錠だとかを必要なだけ出せるような機構の容れ物にせんのかね。
それともそうすると錠剤を容れ物から直で口に放り込む人が出て良くなかったりするのかね。
例えば一度手に出して視認してから咽まないとだめだとかという理由とかがあるのかね。
減量
いつの間にやら体重が3kgも減っとる。
なんか産んだかね?
然し相変わらず腹は醜く出とるし。
或は体重計の故障か。
この前電池入れ替えたとこなのに。
カメラなー。
あいつら何かね。
なんでこう物欲を刺激するかね。
フルサイズ機とかサ。
高感度だとぅ!夜でもくっきりだとぅっ!
GF1はISO400ぐらいまでが精々がところやし。
何かね、あいつら。
別に写真とかゴリゴリ撮る訳でもないのにサ。
なんでこう欲しくなるかね。
魔性かね。魔肖ネロかね。
まあ高価なものに憧れてた方がうっかり買ってしまう可能性が低くていい。
然しうっかり買ってしまった時のダメージがでかいけどな!
でもフルサイズ機ぐらいの値段なら、うっかり買ってしまう可能性は無視出来るぐらい小さいように思う。
中途半端に富籤が当たらないことを祈ろう。
金なんざ他に使い道はいくらでもある。
なんか産んだかね?
然し相変わらず腹は醜く出とるし。
或は体重計の故障か。
この前電池入れ替えたとこなのに。
カメラなー。
あいつら何かね。
なんでこう物欲を刺激するかね。
フルサイズ機とかサ。
高感度だとぅ!夜でもくっきりだとぅっ!
GF1はISO400ぐらいまでが精々がところやし。
何かね、あいつら。
別に写真とかゴリゴリ撮る訳でもないのにサ。
なんでこう欲しくなるかね。
魔性かね。魔肖ネロかね。
まあ高価なものに憧れてた方がうっかり買ってしまう可能性が低くていい。
然しうっかり買ってしまった時のダメージがでかいけどな!
でもフルサイズ機ぐらいの値段なら、うっかり買ってしまう可能性は無視出来るぐらい小さいように思う。
中途半端に富籤が当たらないことを祈ろう。
金なんざ他に使い道はいくらでもある。
2011/10/10
レンズ活用
昼も大分過ぎた頃、買い物序でにカメラを持って散歩のようなものでもすっか、と家を出る。
ニコンの古いレンズ(NIKKOR-S.C Auto 1:1.4 f-50mm)を使う為に写真を撮るのだ。
まあ他にも色々持って行ったが、結局他のはあんまし使わなかった。
LUMIXの標準ズームの方がキレイに撮れるし扱い易いのだが、これはこれで。
明るいし。
絞らなければかなーりモヤつくけど、モヤついたらモヤついたで。
あと35mm判換算で100mmってのが、虫とか小さめの生き物を撮るのに使い易い。
色はイマイチだけどモノクロで撮るとなんか雰囲気が出る。

isolated posted by (C)Ludwig D. Omen
死にかけているように見える猫。
革底の靴をカツカツ鳴らして歩いて傍を通ると薄目を開けて一瞥し、すぐこの体勢に戻ってしまう。
世界には疎外や孤独が存在しているといういことを見る者に感じさせる猫。
只眠いだけかも知れないけれど、なんだか弱々しく感じられて、須藤真澄の「長い長いさんぽ」(→Amazon
)を思いだしてしまう。
やべえ、思い出しただけで泣けてきた・・・。
もー!真澄!もー!
あといつも須藤真澄と伊藤真澄の名前がごっちゃになる。
須藤真澄はビームとかで描いてるSF(少し不思議)と猫の漫画家、カワイイ絵柄に騙されがちだがかなり実力派、というイメージ。
伊藤真澄は私がカラオケでよくモノマネをする音楽家、以前一曲良い曲を書いたがその後の動向はフォローしてない。

ツチイナゴ posted by (C)Ludwig D. Omen
恐らくツチイナゴと思われる。
こういう虫とか撮るのに100mmのは丁度良い。
腕をグッと伸ばして片手で撮ったのだが、意外とちゃんと撮れてた。

small world posted by (C)Ludwig D. Omen
ちっちゃい蜂とかね。

white rain lily posted by (C)Ludwig D. Omen
タマスダレとかね。
タマスダレってすげーダサイ名前な。
多分「南京玉簾」の所為。
レインリリーと呼んだ方がよいね。

風草、夕方、モノクロ posted by (C)Ludwig D. Omen
風草とかね。
逆光大好き。
逆光が大好きなのです。
てかこれ風草で合ってんのかね?
で、買い物を済ませて帰ったらすぐ、着替えて走りに行く。
40分ぐらいか。
さっき恐らくこう通ったであろうと思われる道筋の全長をGoogle Mapの距離測定ツールで測ってみたら、大体6kmぐらいしか走ってない。
アップダウンが結構あるとは言え、40分で6kmならかなりスローペースな感じ。
これでヘロヘロになるんだから、私マジで体力無いなあ・・・。
ニコンの古いレンズ(NIKKOR-S.C Auto 1:1.4 f-50mm)を使う為に写真を撮るのだ。
まあ他にも色々持って行ったが、結局他のはあんまし使わなかった。
LUMIXの標準ズームの方がキレイに撮れるし扱い易いのだが、これはこれで。
明るいし。
絞らなければかなーりモヤつくけど、モヤついたらモヤついたで。
あと35mm判換算で100mmってのが、虫とか小さめの生き物を撮るのに使い易い。
色はイマイチだけどモノクロで撮るとなんか雰囲気が出る。
isolated posted by (C)Ludwig D. Omen
死にかけているように見える猫。
革底の靴をカツカツ鳴らして歩いて傍を通ると薄目を開けて一瞥し、すぐこの体勢に戻ってしまう。
世界には疎外や孤独が存在しているといういことを見る者に感じさせる猫。
只眠いだけかも知れないけれど、なんだか弱々しく感じられて、須藤真澄の「長い長いさんぽ」(→Amazon
やべえ、思い出しただけで泣けてきた・・・。
もー!真澄!もー!
あといつも須藤真澄と伊藤真澄の名前がごっちゃになる。
須藤真澄はビームとかで描いてるSF(少し不思議)と猫の漫画家、カワイイ絵柄に騙されがちだがかなり実力派、というイメージ。
伊藤真澄は私がカラオケでよくモノマネをする音楽家、以前一曲良い曲を書いたがその後の動向はフォローしてない。
ツチイナゴ posted by (C)Ludwig D. Omen
恐らくツチイナゴと思われる。
こういう虫とか撮るのに100mmのは丁度良い。
腕をグッと伸ばして片手で撮ったのだが、意外とちゃんと撮れてた。
small world posted by (C)Ludwig D. Omen
ちっちゃい蜂とかね。
white rain lily posted by (C)Ludwig D. Omen
タマスダレとかね。
タマスダレってすげーダサイ名前な。
多分「南京玉簾」の所為。
レインリリーと呼んだ方がよいね。
風草、夕方、モノクロ posted by (C)Ludwig D. Omen
風草とかね。
逆光大好き。
逆光が大好きなのです。
てかこれ風草で合ってんのかね?
で、買い物を済ませて帰ったらすぐ、着替えて走りに行く。
40分ぐらいか。
さっき恐らくこう通ったであろうと思われる道筋の全長をGoogle Mapの距離測定ツールで測ってみたら、大体6kmぐらいしか走ってない。
アップダウンが結構あるとは言え、40分で6kmならかなりスローペースな感じ。
これでヘロヘロになるんだから、私マジで体力無いなあ・・・。
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