2011/04/08

一本の針

一寸前にミシンを買ったので、最近はよく針仕事などする。
縫い針も100均のと100均のよりは一寸高いヤツを持ってるんだけど、100均のヤツの方が使い易かったりしたり。
で、数日前、お気に入りの100均の針、針山に挿してたものが一本減ってることに気が付いた。
一寸長いヤツ。
針ケースになおしたのかと思ったけど、多分なおしてない。
なおした記憶が無いし、始めからそうであったのでなければケースの中も一本足りない。
簡単に辺りを探してみたけど見つからなかった。
針仕事をしている場所の足下に切った布とか糸とかを捨てるゴミ箱を置いているので、多分そこに入ってしまったのだろう。
或はごちゃごちゃしている机の上のどこかに転がっているのだろう。

で、今日。
針仕事に使っている場所の近くを通りかかった。
まあ自分の家なんでね、まあそら通りますわ。
疑いも無く通ったね。
ノーダウトですわ。

最近はずっとスリッパを履いていたのだよ。
ずっと寒かったから。
幾ら暖房をかけても足下が冷たいと寒い。
頭寒足熱ですな。
でも今日は暖かかったので、スリッパを履かずにいた。
靴下のままでね。

そしてそいつが運の尽きだった。

件の場所を通りかかったとき、何かを踏んだような、或は何かに引っかかったような感覚があって、すぐ足の裏に激痛が走った。
マジ痛ぇ。
一瞬の逡巡も無しに状況は把握できた。
ザ・直観。
足の裏を確認するまでもない。
あの針だ。
足の裏を見てみると、案の定、糸の付いた針が足の裏にズッポリ。
結構奥までズッポリ。
靴下に液体の暖かい感覚が赤い色と共にジワリと拡がっていく。
急いで針を引っこ抜いて、靴下を脱ぐ。
ティッシュを丸めたのを踏んで、圧迫して止血する。
まあでもそんなには出血しなかった。
痛みも意外とすぐに引いた。
然し靴擦れみたいに歩き方が変になる程度には痛い・・・。

ということで、みなさん針の管理には気を付けましょうという話。

そういや小さい頃、家の中で画鋲を踏んで痛がってたら怒られて、ハイ、ハイ、と頭を垂れながらもなんだか理不尽な気持ちになったのを思い出した。
あ、あと学校の上履きの裏に画鋲を挿して歩くと、体重の掛かり具合によってギリギリセーフだったりアウトだったりする遊びをしてたのを思い出した。

2011/04/07

DSのゲーム買った話

久々にゲーム買った。
DSの。
二つ。
両方RPG。

取り敢えず一寸だけやってみた。

先ずは「Radiant Historia」(→Amazon)。
安かったので。
正統派なRPGっぽい。
行き詰まったら過去に戻ってフラグ立てていく、というゲーム。
やってみた感じ、割と面白そう。
戦闘システムが良い。
じっくり頭使ってやれるタイプ。
ストーリーもFFを少しリアル寄りにした感じで、悪くなさそう。

次に「世界はあたしでまわってる」(→Amazon)。
安かったので。
あとRadiant Historiaの本格RPGとは逆の、ヌルい感じのが欲しくなったので。
「剣」と「魔法」の世界観に「わがまま」を加えたもの。
お馴染みの「攻撃」「魔法」「特技」の「特技」が「わがまま」に名前が変わったものとも捉えられる。
この「わがまま」がチート風で私好み。
マップの地形を変えたり敵のレベルを下げたりできる。
話もヌルくて好い。
サクサク進むことができるのも好い。
じっくり作り込まれたようなゲームじゃなさそうだけど、これもやってみれば意外と面白そう。

まあどっちも未だ全然進んでないけど。

ホントはどうぶつの森とか買ってボケーッとやってみたかったんだが、意外と値崩れしてなかった・・・。

2011/04/05

鯛の適当蒸し

やっぱ薬を咽むと頭痛がする気がする。
アゼラスチン塩酸塩が合ってないのかね。


今日もタジン鍋。
鯛を買ってきて、皮を焼いて、適当にネギやらニンニクやらを入れて、適当に和風イタリアンに味付けして、適当に火にかける。
ちょー適当に作ったんだが意外とウメえ。
次は米系に挑戦してみようかね・・・。

タジン鍋

小さいタジン鍋を買ったよ。
色々突っ込んどいて暫く火にかけて出来上がり。
お手軽・・・かと思ったけど、普通の煮込み料理と手間はあんまり変わらない気がする。
まあ料理の幅は広がるかね。
これでパエリアとか作れそうな気がする。
火にかけても鍋の中の水分量変化が意外と少ない感じなので、見積がし易い気がする。
ああ、あと電子レンジで調理できるのが便利そう。
でも電子レンジを使うなら普通の土鍋とかでも同じような気がするが・・・。

まあそんな感じで。

2011/04/04

久々にDSを引っ張り出してくる話

なんとなしに、放ったらかしになっているDSが目に付いた。
ゲームでもすっかねえ。
という訳で、Amazonでゲームを適当に見繕って注文したので、DSを引っ張り出してくる。
最後にDSを起動したのはラブプラス+を買ってみたもののイマイチ時代とラブにノリ切れなかった頃だから、まあ大分前だ。
ラブプラス+のカセットが着いたまま。
ラブプラス+をDSから抜き取って、なんとなく電源スイッチを押してみたら、動いた。
而もほぼフル充電。
かなり長い期間放ったらかしにしてたのに、電池長持ちするのね。

注文したゲームが届くまでイジってみる。
ネットに繋ぐのにWEPしか使えないと思ったら、新しい暗号化技術も使えたみたい。
てか前からそういう設定にしてたみたい。
WEPしか使えないのは昔のDSかね。
で、ネットに繋いで、何を買うでもなくDSiWareを覧てたらBASICのエディタ+インタープリタがあるね。
プチコン。
一寸欲しいかも。
でもなんでBASIC?と思ったけど、そういや任天堂といえば、ファミコン時代からファミリーBASICとかあったもんなあ。
でもBASICよりRubyとかのがいい・・・。

そういやDSでテキストエディタとかないのかね。
タッチQWERTYキーボードで。
或は小さい外付け折りたたみキーボードとかアリなら一寸したポメラになんじゃね?

2011/04/03

人面牛

最近いつもより増してお急げない便でお馴染みのAmazonだけど。
在庫切れの多いのはまあ解らなくもないけれど、在庫有りのAmazonプライム対象品がお急げないことが増えているというのは如何に。
未だそんなに地震の影響があるのかね。
大阪の外れに引き籠もってるとどうも関東の方の情勢とか空気感が分からない。


なんだかやたらと腹が鳴る。
と思ったら今日オレンジしか食べてない。
という不健康自慢。
チャルメラでも作って食べるかね。
食材の買い忘れとかで食べるものが無いとき用或はなんか生活するのが面倒臭くなったとき用にチャルメラを買い置きしているんだけど、結構無くなるんだよなー。
チキンラーメンを買ってたときは全然減らなかったのに。

寝る前に食べると牛になるんだっけね。
牛も悪くないなあ。
件とかみたいな感じかねえ。
予言してすぐ死ぬことでお馴染みの。
でもミノタウロスは一寸厭だなあ。
或はチュパカブラに血を吸われる感じで。

そういや件て妖怪のカテゴリーに入るのかね?
でもなんか「妖怪」って感じじゃないんだよなあ。
怪物とかUMAとかは違うだろうし、神仏の類でもなさげ。
「伝説上の生き物」なら合ってるんだけど、スマートな表現じゃない。
因幡の白ウサギとかに近い気もするけど、もっとダークな感じで妖怪寄りな気もする。
こういうの何て言うのかね・・・。

2011/04/01

頭痛自粛

頭痛が痛い。
頭の痛みが痛い。
頭が割れる程頭が割れそうだ。


昨今の何でも自粛すべきという流行に私も乗っかって、今年のエイプリルフールネタ自粛は自粛する方向でいこう。
大したネタも思い付かんがな!
頭痛いのは事実だし。
序でに変なオッサンにスルッとKansaiのカードをパクられたのも事実だ。

じゃあ。
今日は本当のことを言うのは自粛してます。
私は今日は嘘しかつかない。
私の今日の発言は全て嘘である。
まあ嘘ですけどね。
ってのも嘘ですがね・・・。

めんど・ラッセル・くせえ。

節制自粛とかは自粛したいね。
あと運動自粛とかも自粛したい。
序でに暴飲暴食自粛自粛も自粛したい。
こんなときなので。
なんかコンナトキなので。

コンナトキとかナンとか言って戦時下のベタベタな憲兵を演じるくらいなら楽しいことでも考えてた方がマシだ。
寄付金の理に適った分配とかボランティアの在り方とかに思いを巡らせたりするなら尚良し。
序でに国内の地震被害にだけでなく、世界の、紛争やら飢饉やらで人がポコポコ死んだり尊厳を奪われたりしてるような状況にも思いを巡らせることができればもっと良いだろう。
自粛ブームに乗っかって、ナニも困っている人を助けようとしたりその為のウマい仕方を考えることまで自粛することはないと思うがね。
序でに、泣く人の側に在って、同じように泣く格好をするだけが能でもないだろう。
泣く格好をしなければならないしそれだけが唯一許されるべき態度だと思うならそれは多分乗り越えて捨て去るべき強迫観念だ。

因みに或事柄を自粛することを自粛するのは即ちその事柄を推奨したり推進したりすることかといえば、そうでもなさげ。


以下私的言語&オチ無しメモ。
命に関わるような或危機があって、私は自分の恋人(とか子供とか)か赤の他人かどちらか一人だけを救えるとしよう。
どう考えたってどちらか一人しか助けることができないし、身代わりになることもできないような状況にあるとしよう。
自力での危機脱出の可能性は、恋人と他人との間に差が無いことにしよう。
第三者の観点から観て、私と恋人との関係について考慮しないなら、どちらを助けるべきかとかどちらが助け易いかとかは等価であると判断されるものとする。
こういうすげー単純化は余り好きじゃないがまあ我慢しよう。
で、私はどちらを救うべきか。
恐らく私はどちらを救っても決定的な文句は言われないだろう。
どちらの場合でも、その判断が、積極的に正しいと言えるかどうかは暫く問わず、少なくとも間違ったものではないと言える程度の理由を付けることができそうだ。
然し私は恐らく実際には恋人を助けるんだろう。
そしてそのことで「公平性を欠いている」というような非難を浴びせられたとしたら、私はそれで凹むだろうが、その批判自身は虚しいものだ。
助かった恋人が、自分が私の恋人だったことで助かったことを気に病むようなこともあるかも知れないが、それは他人も大体同じように思えるし、これも決定的ではない。
また仮に他人を助けた場合、「恋人を見捨てるなんて冷酷な」と非難されるかも知れないし、「恋人を見捨てるなんてそのときの苦しみは身を切るようなものだったに違いない」とか言って賞賛されるかも知れないが、どちらも決定的ではないように思える。
サァどうしましょ。
どちらを選択したにせよ、私を非難する決定的な理由は無いように思える。

ここで前提を変えて、私と赤の他人が居てどちらか一方しか助からず、どちらが助かるのかの判断は私にしかできないような状況を考えてみよう。
私と赤の他人とで厭世っぷりは同程度だということが解っている。
サテこれは上と同じだろうか・・・。