三人称単数/複数の無性を意味する、或は性別を特定しない様な、新しい言葉が欲しい。
英語の「they」の日本語版プラスその単数形のようなものが。
毎度「彼或は彼女」とか「彼等或は彼女等」と書くのは面倒だし音韻的に美しくない。
三人称として長過ぎるし、場合によっては性別の概念が強調され過ぎて使い難い。
私はそれを嫌って大体「その人」とか「そういう人達」というふうに書いてお茶を濁すけれど、できれば一単語で済ませたい。
「彼」の古典的使用みたいなのができればいいのだけれど。
「彼」の字には、例えば「彼の」と書いて「かの」と読むときのように、男とも女ともつかない、或は人物とも生物とも無生物ともつかない使われ方がある。
「例の」とか「件の」みたいな感じの意味だ。
或は英語の「he」とは違い、日本語の「彼」には三人称単数男性を意味する場合と単なる三人称単数を意味する場合がある。
実際「彼」と書いて「或特定の女性」を指すことも日本語では、少々文体が古臭くはなるだろうが、まあ可能だ。
然し文脈によっては三人称単数男性なのか単なる三人称単数なのかどちらかハッキリしない場合もあるにはある。
或は「其」を使うという手もあるが、古臭い上にかなり仰々しい。
場合によっては不遜が過ぎるかも知れないし、二人称的な意味合いが暗示される場合があったりして使い難そう。
そこで、だ。
単なる三人称単数を「彼」にして、三人称単数女性を「彼女」、で、三人称単数男性を「彼男」(「かのだん」或は「かのお」?)にしたらどうだろう。
そう決めてしまって流行らせるんだ。
「彼或は彼女」を一語で表す新しい語を創って流行らせるより、三人称単数男性を今まで使っていたもののアナロジーから創ってしまった方が、変化がより少なくて済みそうな気がするので、受け入れられ易いような気がする。
因みに「彼男」の部分を、より変化を少なくする為に「彼氏」にするという手もあるが、それだとボーイフレンドを意味する印象が強過ぎるかも知れない。
普通は「彼」を使って、性別を強調する場合にのみ、後ろに「男」だの「女」だのを付けるのだ。
これが浸透して呉れると大分文章が書き易くなるのだけれど・・・。
こうすれば世の大体の男女だけでなく、男とも女とも決められたくないと思っている人やオルタナティブな性の在り方にコミットしている人にも受け入れ易いんじゃないかと思う。
こういうことは「he or she」という表現が輸入されたときにやるべきことだったんだろうけど。
生まれるのが遅過ぎてすいません。
「he or she」的表現は、不当に弱い女性の立場の改善を標榜するフェミニズム運動から出てきたという割には、やっぱ無駄に「男と女」という性の区別を強調し過ぎたと思うんだ。
もっと不条理に弱い立場ってのもあるだろう。
「he」或は「she」と言われることに満足を覚える人にはそれでいいのだけれど、一つには、「he」とも「she」とも言われたくないような人やどちらかであることに頓着したくないような人に、「he」なのか「she」なのか、どちらかでないと不可ないと、それが男だろうが女だろうがどっちでもいいようなときにさえも、無駄に強いるということも、まああるだろう。
私自身は、それまで「he」で済まされていたものが「he or she」になったところで女性の立場の改善になるかどうかは疑わしいと思うし、まあ上のようなこともあって、「he or she」ではなくて新しい三人称単数の無性形の単語を創ってそっちをプッシュすればよかったのにと思う。「Ms.」みたいな感じで。
今からじゃもう遅いかね。
男か女のどちらかでなければならないという話について言うと、まあ確かに、今の社会の在り方では、どっちかでなければ困る或はそれを困らなくする為には社会の在り方をかなり大幅に変更しなければならなくなるという場面もあるだろうけど、殆どの場面では、社会は、基本的にはどっちでもいい或はどらでもなくてもいいようになる方向へ進んだ方が好ましいと、私は思う。
男性であることの誇りとか女性であることの誇りのようなもの、或は男性らしさとか女性らしさのようなものは、私はあったっていいと思うけど、それは、それが性を異にする者を性が違うというだけで見下したり差別するようなことにならない限りにおいてであるし、或は「男性らしく」ない男性や「女性らしく」ない女性或は性別を固定しない在り方を「男性らしい」男性や「女性らしい」女性の在り方から見たときにそれらが不当に見下されたりしない限りにおいてである。
こういう「差別が無くなれば」的な理想は、実現しようとすると本当に難しいものなのだろう。
而も下手をすると自分自身が差別をする側に回っているかも知れないのだ。
こええ。
色々と不断の努力が求められる訳だ。
未だに労働における馬鹿げた性差別の無くならないのを見てもその難しさが解るかも知れない。
或はそれが性産業だというだけでそれが性差別の原因となっているとか或は酷い場合には穢らわしいなどと本気で考えている職業差別主義者の呆れる程大勢いるのを見てもいいし、精神科の病院が新しく建つ地域で起こる糞みたいに差別主義的な趣旨の吐き気のする住民運動を見てもいいだろう。
オウケイ、ここまで私は大丈夫だろうか。
2009/07/07
2009/07/06
偽高杉晋作
部屋に入ると空気が悪い。
「空気」というのは、雰囲気という意味の方ではなくて、字義通りの空気だ。
部屋の中の気体の総称の方だ。
どう悪いのかはハッキリとは判らないのだが、兎に角悪いように感じる。
何か意識的に感じられるような嫌な臭いがする訳はない。
澱んでいるのだ。
サーキュレーターを回しているにも拘わらず。
部屋に入った途端、イヤーな感じがする。
こういう部屋の空気が、霊の出易いとか霊の溜まるとか謂われる空気なんじゃないだろうか。
稲川潤二とかの話に出てくる、アレ。
稲川潤二的なイヤーな感じというのは、視覚的な要素もさることながら、空気中に含まれる酸素の量とか何らかの化学物質とか、そいういう何かが影響しているんじゃないかね。
ああ、幽霊とか妖怪とかが、それらが存在すると考えている人達が考えているような仕方で存在するのなら、或は我々が普段使っている「存在」という言葉の使用を殆ど拡張しない形で「それらは存在している」と言えるのなら、つまり大森荘蔵的でない意味でそれらが存在するのなら、世の中はもう少し面白かっただろうに。
おもしろきこともなき世はおもしろくなし。
そういや高杉晋作(だっけ?)の「おもしろきこともなき世をおもしろく」ってのは、おもしろい何かを創造して世をおもしろくしてやろうということなのか、或はおもしろいおもしろくないは心の持ち様ということなのか、実際のところ、どっちなんだろう。
前者なら面白いが後者ならホントつまんねえ。
「空気」というのは、雰囲気という意味の方ではなくて、字義通りの空気だ。
部屋の中の気体の総称の方だ。
どう悪いのかはハッキリとは判らないのだが、兎に角悪いように感じる。
何か意識的に感じられるような嫌な臭いがする訳はない。
澱んでいるのだ。
サーキュレーターを回しているにも拘わらず。
部屋に入った途端、イヤーな感じがする。
こういう部屋の空気が、霊の出易いとか霊の溜まるとか謂われる空気なんじゃないだろうか。
稲川潤二とかの話に出てくる、アレ。
稲川潤二的なイヤーな感じというのは、視覚的な要素もさることながら、空気中に含まれる酸素の量とか何らかの化学物質とか、そいういう何かが影響しているんじゃないかね。
ああ、幽霊とか妖怪とかが、それらが存在すると考えている人達が考えているような仕方で存在するのなら、或は我々が普段使っている「存在」という言葉の使用を殆ど拡張しない形で「それらは存在している」と言えるのなら、つまり大森荘蔵的でない意味でそれらが存在するのなら、世の中はもう少し面白かっただろうに。
おもしろきこともなき世はおもしろくなし。
そういや高杉晋作(だっけ?)の「おもしろきこともなき世をおもしろく」ってのは、おもしろい何かを創造して世をおもしろくしてやろうということなのか、或はおもしろいおもしろくないは心の持ち様ということなのか、実際のところ、どっちなんだろう。
前者なら面白いが後者ならホントつまんねえ。
2009/07/04
茶の味
イマイチ茶の味が安定しない。
温度とか茶葉の量とかを色々調節してみてはいるのだが、これといった指針を見出すには至らず。
或はもっとほかの要素を考慮すべきなのかね。
美味い茶を淹れたいんだ。
できればテキトーに淹れた感じで美味いのが淹れられたらいい。
パパッと手際良く、美味いのが淹れられたら格好良い。
実は持っている拘りとか執心とかを感じさせない、当たり前に美味い、みたいなのが好いんだ。
まあ私がそこへ至るまでには程遠い。
新しい4コマ漫画のタイトルを考えた。
「ちゃのゆ!」でどうでしょう。
「ちゃのゆっ!」でも可。
すげーくだらなさそう。
絵柄は萌え風なんだけど、内容は敢えて硬派で本格派で。
まんがタイムでなくアフタヌーン辺りで。
温度とか茶葉の量とかを色々調節してみてはいるのだが、これといった指針を見出すには至らず。
或はもっとほかの要素を考慮すべきなのかね。
美味い茶を淹れたいんだ。
できればテキトーに淹れた感じで美味いのが淹れられたらいい。
パパッと手際良く、美味いのが淹れられたら格好良い。
実は持っている拘りとか執心とかを感じさせない、当たり前に美味い、みたいなのが好いんだ。
まあ私がそこへ至るまでには程遠い。
新しい4コマ漫画のタイトルを考えた。
「ちゃのゆ!」でどうでしょう。
「ちゃのゆっ!」でも可。
すげーくだらなさそう。
絵柄は萌え風なんだけど、内容は敢えて硬派で本格派で。
まんがタイムでなくアフタヌーン辺りで。
2009/07/03
モザイクの疑問
アイドルの人等ってなんで歌うんやろう。
昔からよく疑問に思う。
ウタノチカラとかか?
カッ、そんな理由はつまらねえし、嘘臭え。
或はそれが消費者に金を落とさせる最も楽な方法なのだというのが尤もらしく思えるが、それはそれで夢が無くてつまらない。
もう一寸面白い理由を無理矢理考えたい。
実際に理由は一つではないだろうし。
そういやアイドルの人等自身は、歌いたいとか思ってるんだろうかねえ。
あと昔から疑問に思っていることといえば、ポルノで性器にモザイクをかけないと捕まる理由が知りたい。
誰か説得力のある仕方で説明できる人がいるだろうか。
なんだか能く解らないけど能く解らないまま罪だと謂われる訳だ。
そいつは酷く気持ちが悪い。
相手がポルノだと、多くの人は簡単にそれ以上考えるのを止めてしまうものだ。
ポルノは、それに罪を着せるのが簡単である存在なのだと想像されているのだ。
誰かがそいつはポルノの所為だと言えば、ああそんなもんかと、より少ない反省だけで納得してしまうのだ。
で、いつの間にか実際より多くのことに関する原因やら責任をそこに帰属させてしてしまっていて、もっとちゃんと考えなければ見えないことを見逃し、いつのまにやらウンコな法律が一丁できあがってるというお決まりの黄金パターンに嵌る訳だ。
別件逮捕し放題とか。
まあ実際に、真面目に考えていても、性的なものに関しては、誰でも言い出し難いということも大いに関係しているだろう。
団鬼六の文章が凄くちゃんとしてて驚いたと言う為には団鬼六を読まなくてはならないし、そう言うということは大凡団鬼六を読んだんだろうということになる(私は読んだ。あれは割とよいものだ。)。
そうするとアイツはエロいとか、いやらしいとか、低俗で悪趣味だとか、そんなふうに思われる可能性のあることは誰にでも想像できることだ。
然しいつも言ってるように、「低俗」とか「悪趣味」に思えることと規制したり取り締まるべきものとはちゃんと区別すべきだ。
ポルノとして売られているものに関して、モザイクで性器を隠すことに何か意味あんのか?
例えばモザイク無しなら誰かの権利を著しく侵害するとかという理由ではないだろう。
例えば昔でいう吉原みたいに、借金のカタにポルノに出演させられるみたいな話があって、出演させられる人はそれを人生の汚点とまで考えるというようなことがあったとしたら、それはそういう悲惨が起こりうる状況にあるポルノ業界自体の問題で、例えばそのことをモザイクがあったり無かったりすることと関連付けて考えるのは難しい。
或はモザイクを付けたらかといって、そういう悲惨の起こる可能性を低く保てるなんてことは考え難いし、ましてやモザイクを付けただけそれが公正なものと見なされ、公正と見なされるということから、そういう悲惨が起こり得るということから目を逸らしていいということを導くことが許されるなんてことにはならない。
我々が目を向けるべき悲惨は人間の悲惨だ。
心を持っていたり、人間同士のつながりの中に生まれてそこで生活したりする我々「人間」の悲惨だ。
児童ポルノの場合はその児童の悲惨についてもっとちゃんと考えないと不可ない。
例えばロリのエロ漫画を禁止することが本当に児童の悲惨を避けるのに役に立つのかといったことが考えられなければならない。
ちゃんと考えるなければならないのであって、単なる印象だけで、学術的考察や統計的データも何も無しで規制を要求するべきではない、という点で日本ユニセフ協会等の主張は端的に間違っている。
土俵にすら上がっていないのだ。
或はエロ漫画を規制することで児童の悲惨が増えることだって考えられる訳だし、そのよりそれらしい理由も幾つも考えられている訳だ。
勿論、関係無いということもあり得る。
我々は例えばポルノの出演者を、ポルノ出演者であるというだけで不当にも見下したり蔑ろにしては不可ない。
或はホモセクシャルや幼児性愛のような、性的に「特殊」な人を或個人が気持ち悪いと感じるだけなら、それは大体の場合において各人の私的な自由の範囲内だと私は思う(勿論議論の余地はある、これは難しい問題だ)が、唯それだけでそれらの人達が公的領域において見下されたり蔑ろにされてはならない。
特に社会や法律が、そんなことをするのは到底許されることではない。
それが性的であるからといって、考えることを止めることは、現代社会においては許されない。
話が逸れるが、表現の自由が制限されるということは、こういった間違いが犯されたときに、我々は制限された状態でこういった間違いを正す努力をしなければならなくなる。
一度制限されてしまえば、異議申し立てがより難しくなることも、表現の自由が大切であることの理由の一つとなっている。
私が自分の直接的な利害の埒外にある分野(そういや私はエロゲーとかしないなあ)の表現の自由にまで、かなりの危機感を持ってあれこれ言う理由の一つは、それが単に正しくないことであるというだけでなく、こういうことも絡んでいる。
特に性的なものは、一度制限されてしまうと回復させるのはかなり困難だと予想される。
而も今為されようとしている制限は、制限する根拠が非常に貧弱である或は間違った根拠で以て制限されようとしている訳だ。
そりゃ通らんよ。
モザイクってのは、ネットが未発達だった頃は裏モノの利権絡みかとか想像してたんだけど、最近では最早裏モノに何らかの利権が関係していることを想像するのは私には難しいし。
まあ何かあるかも知れないけど。そいうものは人目に付かない意外なところにあるものだ。
或は単に警察が別件で検挙する機会を少しでも減らされるのがイヤだとかそういうことか?
そういやスマップの草彅が酔って全裸になって少々暴れたってときに家宅捜索まで入ったのは何故だろう。
薬物反応でも出た訳じゃなかろう?
そういや平野耕太の「以下略」(→Amazon
)で同人誌の倫理機構設置についての興味深い思考実験が。
昔からよく疑問に思う。
ウタノチカラとかか?
カッ、そんな理由はつまらねえし、嘘臭え。
或はそれが消費者に金を落とさせる最も楽な方法なのだというのが尤もらしく思えるが、それはそれで夢が無くてつまらない。
もう一寸面白い理由を無理矢理考えたい。
実際に理由は一つではないだろうし。
そういやアイドルの人等自身は、歌いたいとか思ってるんだろうかねえ。
あと昔から疑問に思っていることといえば、ポルノで性器にモザイクをかけないと捕まる理由が知りたい。
誰か説得力のある仕方で説明できる人がいるだろうか。
なんだか能く解らないけど能く解らないまま罪だと謂われる訳だ。
そいつは酷く気持ちが悪い。
相手がポルノだと、多くの人は簡単にそれ以上考えるのを止めてしまうものだ。
ポルノは、それに罪を着せるのが簡単である存在なのだと想像されているのだ。
誰かがそいつはポルノの所為だと言えば、ああそんなもんかと、より少ない反省だけで納得してしまうのだ。
で、いつの間にか実際より多くのことに関する原因やら責任をそこに帰属させてしてしまっていて、もっとちゃんと考えなければ見えないことを見逃し、いつのまにやらウンコな法律が一丁できあがってるというお決まりの黄金パターンに嵌る訳だ。
別件逮捕し放題とか。
まあ実際に、真面目に考えていても、性的なものに関しては、誰でも言い出し難いということも大いに関係しているだろう。
団鬼六の文章が凄くちゃんとしてて驚いたと言う為には団鬼六を読まなくてはならないし、そう言うということは大凡団鬼六を読んだんだろうということになる(私は読んだ。あれは割とよいものだ。)。
そうするとアイツはエロいとか、いやらしいとか、低俗で悪趣味だとか、そんなふうに思われる可能性のあることは誰にでも想像できることだ。
然しいつも言ってるように、「低俗」とか「悪趣味」に思えることと規制したり取り締まるべきものとはちゃんと区別すべきだ。
ポルノとして売られているものに関して、モザイクで性器を隠すことに何か意味あんのか?
例えばモザイク無しなら誰かの権利を著しく侵害するとかという理由ではないだろう。
例えば昔でいう吉原みたいに、借金のカタにポルノに出演させられるみたいな話があって、出演させられる人はそれを人生の汚点とまで考えるというようなことがあったとしたら、それはそういう悲惨が起こりうる状況にあるポルノ業界自体の問題で、例えばそのことをモザイクがあったり無かったりすることと関連付けて考えるのは難しい。
或はモザイクを付けたらかといって、そういう悲惨の起こる可能性を低く保てるなんてことは考え難いし、ましてやモザイクを付けただけそれが公正なものと見なされ、公正と見なされるということから、そういう悲惨が起こり得るということから目を逸らしていいということを導くことが許されるなんてことにはならない。
我々が目を向けるべき悲惨は人間の悲惨だ。
心を持っていたり、人間同士のつながりの中に生まれてそこで生活したりする我々「人間」の悲惨だ。
児童ポルノの場合はその児童の悲惨についてもっとちゃんと考えないと不可ない。
例えばロリのエロ漫画を禁止することが本当に児童の悲惨を避けるのに役に立つのかといったことが考えられなければならない。
ちゃんと考えるなければならないのであって、単なる印象だけで、学術的考察や統計的データも何も無しで規制を要求するべきではない、という点で日本ユニセフ協会等の主張は端的に間違っている。
土俵にすら上がっていないのだ。
或はエロ漫画を規制することで児童の悲惨が増えることだって考えられる訳だし、そのよりそれらしい理由も幾つも考えられている訳だ。
勿論、関係無いということもあり得る。
我々は例えばポルノの出演者を、ポルノ出演者であるというだけで不当にも見下したり蔑ろにしては不可ない。
或はホモセクシャルや幼児性愛のような、性的に「特殊」な人を或個人が気持ち悪いと感じるだけなら、それは大体の場合において各人の私的な自由の範囲内だと私は思う(勿論議論の余地はある、これは難しい問題だ)が、唯それだけでそれらの人達が公的領域において見下されたり蔑ろにされてはならない。
特に社会や法律が、そんなことをするのは到底許されることではない。
それが性的であるからといって、考えることを止めることは、現代社会においては許されない。
話が逸れるが、表現の自由が制限されるということは、こういった間違いが犯されたときに、我々は制限された状態でこういった間違いを正す努力をしなければならなくなる。
一度制限されてしまえば、異議申し立てがより難しくなることも、表現の自由が大切であることの理由の一つとなっている。
私が自分の直接的な利害の埒外にある分野(そういや私はエロゲーとかしないなあ)の表現の自由にまで、かなりの危機感を持ってあれこれ言う理由の一つは、それが単に正しくないことであるというだけでなく、こういうことも絡んでいる。
特に性的なものは、一度制限されてしまうと回復させるのはかなり困難だと予想される。
而も今為されようとしている制限は、制限する根拠が非常に貧弱である或は間違った根拠で以て制限されようとしている訳だ。
そりゃ通らんよ。
モザイクってのは、ネットが未発達だった頃は裏モノの利権絡みかとか想像してたんだけど、最近では最早裏モノに何らかの利権が関係していることを想像するのは私には難しいし。
まあ何かあるかも知れないけど。そいうものは人目に付かない意外なところにあるものだ。
或は単に警察が別件で検挙する機会を少しでも減らされるのがイヤだとかそういうことか?
そういやスマップの草彅が酔って全裸になって少々暴れたってときに家宅捜索まで入ったのは何故だろう。
薬物反応でも出た訳じゃなかろう?
そういや平野耕太の「以下略」(→Amazon
2009/07/02
Netbookのwebブラウザ
最近メインマシンのWindows機、調子が悪い。
まあUSB機器を繋ぎ過ぎて電力が足らんとか、まあそんな感じかも知れないけど。
Dellのなんだけど。
Dellの一般向けのはなあ、なんかなあ。
今度デスクトップPCを買うときは自作にしよう・・・。
FireWireにはTI製のチップを使うとか、そういうのが選べるのがハッピーだ。
でも自作の方が最近じゃよっぽど高くつくのよね。
早ければWindows7が出た頃ぐらいに新調しようかね。
それまでにAppleがNetbookっぽいものを出さないことを祈ったり祈らなかったり。
でもNetbookはまあ大体、Linuxでいい気がする。
イザとなればwineもあることだし。
まあ安くて軽くて、gedit程度のテキストエディタとFirefoxさえ動いてくれれば、私としてはそれで。
Netbookの非力さでは、webブラウザはもう少し軽いのを走らせてもいい。
Safariとかか?
爆速のChromeがLinuxに正式に対応してくれれば最強かね。
或は最強になるにはFirefoxで謂うアドオンみたいなのが必要か。
そういやFirefoxが3.5になったのだけど、私のお気に入りのアドオンが未だ対応してなくて。
まあもう少し待とう。
3.5はそれなりに軽くなってるそうなので、Netbookでも使い勝手が良くなっているのかも知れない。
私のお気に入りのアドオンが早く対応して呉れるとハッピーだ。
まあUSB機器を繋ぎ過ぎて電力が足らんとか、まあそんな感じかも知れないけど。
Dellのなんだけど。
Dellの一般向けのはなあ、なんかなあ。
今度デスクトップPCを買うときは自作にしよう・・・。
FireWireにはTI製のチップを使うとか、そういうのが選べるのがハッピーだ。
でも自作の方が最近じゃよっぽど高くつくのよね。
早ければWindows7が出た頃ぐらいに新調しようかね。
それまでにAppleがNetbookっぽいものを出さないことを祈ったり祈らなかったり。
でもNetbookはまあ大体、Linuxでいい気がする。
イザとなればwineもあることだし。
まあ安くて軽くて、gedit程度のテキストエディタとFirefoxさえ動いてくれれば、私としてはそれで。
Netbookの非力さでは、webブラウザはもう少し軽いのを走らせてもいい。
Safariとかか?
爆速のChromeがLinuxに正式に対応してくれれば最強かね。
或は最強になるにはFirefoxで謂うアドオンみたいなのが必要か。
そういやFirefoxが3.5になったのだけど、私のお気に入りのアドオンが未だ対応してなくて。
まあもう少し待とう。
3.5はそれなりに軽くなってるそうなので、Netbookでも使い勝手が良くなっているのかも知れない。
私のお気に入りのアドオンが早く対応して呉れるとハッピーだ。
2009/07/01
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