2005/11/30

生活リズム

生活リズムをつけましょう。
12時に寝て、8時に起きる。
8時間睡眠。
これで、そろそろヤバくなってきた心身、色々と良くなって呉れればいいのだが。
もう一寸快活な人間になりたい。

2005/11/29

マタイの受難曲

頭の働く憂欝より頭の働かない憂欝の方が苦痛は少ないのかも知れない。
と思ったが、憂欝の苦痛さ加減は、多分端的に憂鬱さ加減によって決まってくるのだから、頭が働くとか働かないとかは憂欝の苦痛さ加減には余り関係のないことなのかも知れない。
然し、頭の働く働かないは、憂欝の質には関係してくる。
ということで、今は頭の働かない憂欝。
従って今自分が何を言っているのか、自分でも余り明確に解っていない。
例えば「端的に」という言葉遣いがこれでよかったのかについて能く考えられない。
考えることが出来ない。タイプもよく打ち間違える。

陽のあるうちは、バッハのマタイでも聴きながら、日光が差し込んで、幸福だったのだが。
それから、メモによると、「世界は、概念的構造を持つような種類の「事実」の総体である」ということとクオリアとの関係について考えて、結局「矢っ張りここでもクオリアは要らない」という結論に至ったようで。
それからどうしたのか。
思い出せない。

寝よう。
ウィトゲンシュタインの日記でも読みながら。
就寝は、寝てしまうことにさえ成功すれば、今日という日を強制終了させられる、非常に素的なコトである。

ルートヴィヒな一日

このブログの左右の書籍に関する紹介の記事、最近読んだものの紹介というスタンスではなく、本当に私が好いと思っているものだけを特選で書くようにした。
左右の記事の更新頻度から考えると、その方が適切だと思ったから。
因みに画像をクリックするとアマゾンの商品ページへ行って、そこからアマゾンで買えるようにしてあるので。
で、誰かがアマゾンで商品を購入したら、アマゾンから私に、ようやった、と報酬が支払われるというスンポーで。


ジュンク堂をぶらついていたら、スーパー胸キュンなものを見つけてしまった。
『ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記』!
結構でっかい本なのに2000円!買うしか!
因みに訳は『ウィトゲンシュタインはこう考えた』の鬼界彰夫。
ウィトゲンシュタイン哲学の解釈者というよりは只のウィトゲンシュタインファンである私は、『反哲学的断章』も持っていて、例えば「ブルックナーは映画に合うけどブラームスは合わない」みたいな記述を見つけてそうだろうそうだろう能く心得ていらっしゃると、哲学に余り関係ないところでニヤニヤしたもんだが。
この『哲学宗教日記』は1993年に新たに発見された、1930-1932年と1936-1937年の日記の翻訳+αだそうである。
ペラッと見てみたところ、全体の半分のページ数が日記本体に充てられ、残りの2/3が非常に有用で丁寧な注(哲学的には、日記本体よりこの注の方が役に立つかも知れない)、その残りが訳者の解説となっている。
ヤバいな。時間あんまり無いのに読んじまいそうだ。

序でに、テイラーの本が売ってあり、テイラーはそのうちチェックしないとと思っていたので、余り所持金に余裕がない中で、思わず買ってしまう。
ローティがこの本の帯でえらい賞めていた。
因みに帰りに電車の中で一寸読んだが、未だ彼を評価出来るようなところまで見えていない。
まあ八割ローティニアンの私は、彼が賞めてるようなものについて、矢っ張り好いな、と思う可能性も高いんだろうけど。別にローティに無理して抗う理由もないし。無理して迎合する必要も感じないが。

それからクーリエジャポンも買ってみたが、あれ、期待したよりは、予想通り、良くなかったが、別に読むに値しないよ、とは言えない程度には読めた。期待と予想は別のものであるというところを見落とさないこと。
各国の記事の翻訳を載せているのだが、その国のメジャー処を集めているという感じで。ワシントンポストとか。タイムズとか。そういったクラスの記事を集めているので、まあ分かり切ったことだったのかも知れないが、私が欲しいバリバリのジャーナリズムに基づく情報は見受けられなかった。それに、当然のことながら、何を載せるかについてはクーリエジャポンの編集に懸かっている訳だし。世界を知るというよりは、或は世界に支配的な傾向を知るというよりは、編集者が読者に世界についてどう認識させたいかが解る程度なのかも知れない。
これならロイター通信の方が役に立つ。而も只。
英語圏に関して言うと、インターネットの方が役に立つ情報は余っ程多い。
但し私は英語も微妙な上、他の言語はまるで駄目なので、英語圏以外の記事は一寸は役に立ったのかも知れない。勿論役に立ってないかも知れないが。
兎に角、編集に「アメリカだけが「世界」でしょうか」と言ったことで背負う期待に応えられるだけの信頼性や内容はあるのかという問いに対しては、まあ残念ながら全くちっとも微塵も、と答えられるが、では、この編集はほんの少しでも信頼に足るものなのかどうか、という点に関しては、微妙なところで、判断出来なかった。
別に判断するまでもなく、大した内容を持っていないのだから、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが。


アマゾン→ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記―1930-1932/1936-1937
アマゾン→ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン 反哲学的断章―文化と価値
アマゾン→鬼界彰夫 ウィトゲンシュタインはこう考えた―哲学的思考の全軌跡1912‐1951
アマゾン→チャールズ・テイラー 「ほんもの」という倫理―近代とその不安
アマゾン→COURRiER Japon

2005/11/28

片付けられない男

私の部屋の収納力の範囲を超えつつある漫画、一生読み返さないであろうと思われるもの、段ボール一個分、隔離した。
従って段ボール一個分の収納スペースが、確保された。
然しそれでも尚本棚の一角を山積みになって占領し続けるあのジャンプコミックスどもをどうにかしないと。
然しハンターハンターも最近は余りパッとしないワンピースも、素的な漫画には違いないしなあ、と、片付けられない男の憂欝な午後。

あと、文庫本。こいつらをどうにかせねば。
京極夏彦のを買うようになって、あれは分厚いので、一気にヤバくなってきた。
今ばっと見渡してみたところ、三島由紀夫なんて、私は彼が嫌いなので、一生読み返さないと思うのだが。
桐生操も全然面白くないので、恐らくもう読まない。あんなもの読むくらいならならイェイツとか読むだろうし。
金田一耕助とかポアロとかも、犯人知ってるしトリック解っているし、恐らくもう読まないだろう。
乱歩とか夢野久作も一回読めば十分な感じだし。
こういう系統はもういいや。
でも京極のは、読み返したりしそう。
ポオも要るな。
文芸は、鏡花とか藤村辺りは微妙な。
独歩辺りは、手元に置いておきたい。
文芸系は結構残りそう。
哲学のは流石に置いとこう。まがりなりにも哲学やってる訳だし。
えーっと、ハーバーマス、デューイ、パース、プ・・・。
プラトン・・・。
ニ、ニーチェとかはちゃんと置いときたいと思ってるんですよ?

2005/11/27

創りませう

Pianoised
Pianoised

「一日仕事でお手軽アンビエントミュージック或はSEを創りませう」第三段。
ピアノのインプロで。
インプロは楽ネ。
音色を決めて弾いて、後からエフェクトをちょいとかけたりするだけ。
二時間もあれば全体の作業が終わる。

またもや音楽としての体を成すしているとは余り言えないような内容だが。
アンビエントっぽいのはもうこんなもんでいいだろう。
飽きてきた。
三曲アップ出来ればもう急ぐ必要もなかろう。
というか色々他にしなければならないことがあるし。

次は普通ので。

��2007/04/06追記:ここにアップした音楽は、自由に使って頂いて構いません。その際私に一言連絡する必要もありません。自由に引用したり、批判したり、改変したり、改変したのを他のところでアップしたり、公的な場で演奏したり、それを誰かに売ったりしたって一向に構いません。]

2009/06/03追記:
より態度を明解にする為に、上の楽曲はCreative Commonsライセンスを宣言します。
「帰属」のみです。
帰属というのはCCに拠ると:
あなたは他の人に対してあなたの著作物を――またそれを元にした派生作品を――複製・頒布・表示・上演することを認めます。しかし、その際にはあなたに対してクレジットを与えることを条件とします。
或はWikipedeaに拠ると:
その作品の利用に関しての著作者の表示を求める
ということですが、まあべつに上の楽曲の利用時に著作者(私)名の表示をしなくても構わないです。

Creative Commons JP:
http://creativecommons.jp/

Wikipedeaのクリエイティブ・コモンズの項目
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%BA

Creative Commons License
This 作品 by Ludwig D. Omen is licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License.

2005/11/26

マリーアントワネット

修士論文の発表を聴いてきた。
私も一年後このくらいのレベルの発表をしなければならないのかと今からビビっている。
よいしょ一割。本音六割。
ダークマター三割。
というか一月中頃に私も発表があるのだが。
未だ原稿に手を付けていないが、自由と決定論についてでもやろうかと思う。
やっとデネットさんの言っていることを理解したし。
ということで、公開処刑にならないようにする程度に頑張ります。

2005/11/25

もう嫌だ

書いたものが、今、消えてしまった。
沢山書いたのに。