2007/03/07

スケッチ

絵でも描いてみようかと。
絵が描けるようになりたい。
私はペンやら画材やらが好きな割には字も絵も下手なのです。
特に字は、独自の文字体系を成していると言える。
ナチュラル暗号化技術。
本人にもデコードできないこともしばしば。

まあそれでも描いたり書いたりは、好きなのです。

というわけで、安いスケッチ用紙を、一寸前に買ってきておいたのです。
ジャポニカの「らくがきちょう」みたいなのでもよかったのだけれど。

然し何を書いていいのやら。
取り敢えず、身の回りのものを、色々スケッチしてみたりしたり。
携帯電話とか。スピーカーとか。
真剣に現実を写し取るのは、頭の中にあるのを描くのに比べて、結構難しいものだ。
こういうのがぱっと描けると、格好良い。

普通の絵が描けるのは格好良いと思う。
ギターが弾けるのよりよっぽど格好良いと思う。

2007/03/06

モルボル

花粉はどうも私の体力を削っているようだ。
非常に眠い。
モルボルか!

2007/03/05

HartmannのSinfonia Tragica

おはやふございます。
昨日余りにしんどくて、寝てしまった。

最近発売されたK. A. HartmannのSymphonia Tragicaがどこにも売ってないのは何故だー。
私が昔テレビでやってたのをぱっと聴いた感じでは、「現代」的な感じとロマン的な感じが好い具合に混ざっていて非常に好かったのだが。
まあその辺は譜面の読み方で大分変わってくるような部分なんだろうけど。
従ってこのCDと昔テレビで見たのとでは、感じが違う可能性は十分にある。
まあいいや。
しょうがないからアマゾンで買おう。
ショッピングカートに入ってい給え。

Wikipediaに因ると、交響曲3番の前身になってるみたいね。

そしてアマゾン内のサーチエンジン、どうした訳か発売日順にソートしようとしてもちゃんと発売日順にソートされないのは何故だ。
発売日順にソートしてもトップに出てこないので、数日前まで、なんだ、アマゾンでは扱ってないのか、と勘違いしてしまった。

2007/03/04

ポスト・ポストモダン

簡略化して言ってみよう。

「ポストモダン」と呼ばれている運動というのは、一面的には、近代に支配的或はドグマ的だった価値観や世界観の分解と再構築であった、としてみよう。
特に近代的人間観の。
この説明は正しいだろうか。
デリダやフーコーのような思想家や或はポストモダン芸術に限って言えば、或程度は正しいように思える。
然し現代の日本の「ポストモダン」好きの思想家達を見ると、どうもこれは正しくないように思える。
その人達が使用している「ポストモダン」は、結局のところ、近代の価値や世界の分解でしかないように思える。
或は少なくとも、分解は好きだが、分解した価値の再構築には余り興味がないように思える。
だから面白くないんじゃないかと思う。

一寸簡略化し過ぎだが、まあ大体そういう訳で、日本の「ポストモダン」達は、そろそろ、自分達のポストモダンの成果を使って、そしてそれを乗り越えて、このポストモダンを経験した後の世界にも妥当であるような「価値」や「世界」や「人間」を再構築して呉れてもいい時機なんじゃないだろうか。
そろそろなんか面白いこと言えそうなんだけどなあ。

というようなことをここのところ考えている、という話。

2007/03/03

花粉

裸子植物どもの無駄の多い生殖の所為でやたらと体力を削られる季節と相成り候。
力が入らない。
何故か胃の辺りの調子も悪い。
何度か酢いものが喉の辺りに込み上げてくるのを感じる。

2007/03/02

心的コレステロール

神経の状態が傾きつつあるが、まあしばらくは大丈夫だろうと思えるようになった。
安定している。
この状態がいつまで続くのかは分からないが、まあ今のところは、それなりに望ましい状態を保っている。
慢性化した不安は、その不安についての不安も呼び寄せてしまうものである。
今のところこの再帰的な不安構造が形成されていないということは、喜ぶべきことである。
考えることができる。
不安と思考との関係は悪玉コレステロールと血流との関係に似ている。

2007/03/01

ロックの楽器

ロックがあれで一つの態を成しているのは、一つには楽器の音程の不確かさに拠るところがあるのではないかと思ったり思わなかったり。
ロックって、無茶なコード進行でもそれなりに聴こえたりするやん?
ピアノで弾いたらエグいコードやコード進行でもギターで弾くと問題無く聴こえたり。
当にギターやベースやドラムなんかはおあつらえ向きという訳だ。
まあギターやドラムやベースから生まれた音楽なんだから、当たり前っちゃあ、当たり前なんだけど。

まあ別にどうでもいい話だけど。
そんな感じで。