古くはスペンサーが思い付き、近くはE.O.ウィルソン辺りが(間接的に)人柱となってモヤモヤを明確化したおかげで議論がはかどり、どこがどんなけ悪いかが一層明確になってからというもの、とっくの昔に打ち捨てられたと思ってた社会進化論なんだが、その一番ダメなヴァージョンのが巷間のサブリミナルにいよいよ流行しているように私には見える。
実際どうなのかね・・・。
実際そうだったとして、何がこの流行を引き起こしたかってのに少し興味がある。
けどその話はまた頭がまとまれば。
とっ散らかってるからね。
てことで、以下私の頭のとっ散らかってることの他の好例。
生物進化論のスキームを使った種類の「進化」ということで言ってる「進化」は「進歩」を含意しないことと、あと適応や進化にはそこそこ多くの時間が掛かることがよく忘れられがち。
生物進化論のスキームを使うなら、或ものが進化したということのみからそれが善いものになったなんてことは少しも導き出せないし、「それは適応している」ということそれ自身が「それは善い」ということを少しも含意していない。
休火山が突如噴火して今まさに焼けつつある森の中の生き物達がその燃え盛っている状況に「適応する」という考えが馬鹿げていることは誰にでもすぐ判ると思うんだけど、人間社会についての文脈でパッと(ダーウィン風の)「進化」とか「適応」とかが出てきても疑問に思う人は少なそうに思える。
「進化」とか「適応」という語が必ずしも生物進化論のスキームを用いたものとしての「進化」や「適応」であるという訳でもないので、まあややこしいかね。
単に前と比べて良くなったことを「進化」とも言うし、単に状況により合うようになることを「適応」と言うし。
うーん、「進化」とか言った本人の意図も曖昧だしそれを聴く方も曖昧な感じで、イロイロアレコレを経て結局変な社会進化論が出来上がってるという感じ?
あと変な功利主義も混じってる気がするんだよなー。
功利主義そのもののおかしさに加えて更に「最大多数の最大幸福」の二つの「最大」の使われ方のいつもより増してビミョウなヤツとかご都合主義の更に進んだヤツとか、まああと時間の概念の欠落したヤツとか。
貧民ジェノサイドか人口爆発で全て解決する感じの「最大多数の最大幸福」。
我々人間の生産手段だとか社会的ルールだとかが、例えば刻々と変化する社会的状況においてその時々に合わせてどういった訳か進化的に適応する、なんて馬鹿げた想念は社会進化論の飛び切り低級なヤツにでも投げ与えてどっかに遣ればいい。
まあ低級でなくても私の知る限りの殆どのヴァージョンの社会進化論は多かれ少なかれ、生物進化論そのものへの誤解とその用語の適用の仕方における誤解の両方に依って成り立っているように見えるんだけど・・・。
どうかね。
あ、まだ色々書けそう。
でも眠い。
2012/02/29
2012/02/27
2012/02/26
呑む
友人と会って酒を呑む。
最近は呑むこともあんまし無いからね、段々弱くなってきていて以前のペースで呑んでると結構ツラかったりする。
明日は宿酔いかね。
歳食った。
帰りに適当に写真など撮ってみる。

Lines05 posted by (C)Ludwig D. Omen
LUMIX標準ズームにFisyeye for Holga(→Amazon
)。
最近は呑むこともあんまし無いからね、段々弱くなってきていて以前のペースで呑んでると結構ツラかったりする。
明日は宿酔いかね。
歳食った。
帰りに適当に写真など撮ってみる。
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LUMIX標準ズームにFisyeye for Holga(→Amazon
2012/02/25
2012/02/22
疲労
なんかすっげー疲れてる。
特に何をしたという訳でもないのだけれど。
ちょー体重いよ。
指が死後硬直みたいに動かなくてさ、ギターも全然弾けなくてびっくらこく。
「曖昧な言説」を言い換えて「私的言語」。
萌え萌えな漫画とか、読むのがしんどいのが多いのであんまし読まないけれど、たまには読んだりもするのです。
中には作者の理想や願望が隠されているのを発見して非常に感動することがある。
「低俗な願望」として一般的には捉えられるような願望だが私には何か正鵠を射ているように思えるような願望だったり、或はもう少し高級感のある理想的な世界観とか空気感であったりする。
こういった隠れた理想や願望が文化を形成し拡張する重要な要素となっているのだろう。
或はこういった隠れた或は無意識の理想や願望が印刷されて出版されて他者の目に触れるということが、巷間の人々が人間理解の新しい仕方を発明したり他の人間理解を知り容認或は承認できるようになることにとって不可欠な要素であるように思える。
わお、頭悪そうな文章。推敲?メンドい。
特に何をしたという訳でもないのだけれど。
ちょー体重いよ。
指が死後硬直みたいに動かなくてさ、ギターも全然弾けなくてびっくらこく。
「曖昧な言説」を言い換えて「私的言語」。
萌え萌えな漫画とか、読むのがしんどいのが多いのであんまし読まないけれど、たまには読んだりもするのです。
中には作者の理想や願望が隠されているのを発見して非常に感動することがある。
「低俗な願望」として一般的には捉えられるような願望だが私には何か正鵠を射ているように思えるような願望だったり、或はもう少し高級感のある理想的な世界観とか空気感であったりする。
こういった隠れた理想や願望が文化を形成し拡張する重要な要素となっているのだろう。
或はこういった隠れた或は無意識の理想や願望が印刷されて出版されて他者の目に触れるということが、巷間の人々が人間理解の新しい仕方を発明したり他の人間理解を知り容認或は承認できるようになることにとって不可欠な要素であるように思える。
わお、頭悪そうな文章。推敲?メンドい。
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